G-0C41NE8DJB 『人間失格』―「神に問う、 信頼は罪なりや」 という、 答えのない祈り|亀吉の呟き
亀吉の書評

『人間失格』―「神に問う、 信頼は罪なりや」 という、 答えのない祈り

『人間失格』―「神に問う、 信頼は罪なりや」 という、 答えのない祈り
yoshiomi

『人間失格』 の中に、 三枚の写真が出てくる。 葉蔵の幼少期、 高校生、 青年期。 物語の語り手である「私」 は、 この三枚を見て、 「全く笑ったことのない顔」 を感じ取る。 道化を演じ、 人を笑わせ続けた葉蔵が、 写真の中ではなぜか笑っていない。 「人間ではなく、 何かしら不思議な、 奇怪な、 そうして、 へんに人を圧迫する不快なものを感じる」 — 「私」 はそう書く。

太宰治の『人間失格』 は、 はしがきの三枚の写真から始まり、 葉蔵自身が書いた三つの手記が中央に置かれ、 京橋スタンドバーのマダムが「私」 にその手記を渡す経緯を語るあとがきで閉じる。 1948 年、 雑誌『展望』 の 6 月号から 8 月号まで連載され、 同年 7 月 25 日に筑摩書房から刊行された。 累計 600 万部を超える、 日本文学を代表する作品。

その一方で、 本作は太宰治の 遺作 でもある。 5 月 12 日に脱稿、 6 月 13 日に玉川上水で山崎富栄と入水自殺、 連載最終回 (8 月号) が世に出る 1 ヶ月前に太宰は死んだ。 完成稿はすでに出来上がっていた。 「遺書」 として読まれてきた歴史は長い。

ただ、 「遺書」 として読むだけでは見えなくなる構造が、 本作にはある。 葉蔵は神に向かって一つの問いを投げている。 「信頼は罪なりや」。 答えはついに返らない。 答えのない祈りが、 物語の重心に置かれている。 観察したいのはその構造だ。

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1. 道化と恥——人間に近付くために

第一の手記は、 「恥の多い生涯を送って来ました」 という一文で始まる。 葉蔵は東北の田舎の旧家の末っ子として生まれる。 召使いや女中の手の中で育ち、 ある記憶を「言わない」 と決めて生きていく。 第一の手記でその記憶の輪郭だけが示され、 具体的な事柄は葉蔵自身が抱え込んだまま物語の中に残される。

葉蔵が幼少期に獲得した戦略が「道化」 だった。 人を笑わせる。 ふざける。 演じる。 そうすることで、 葉蔵は人間社会の中に居場所を作ろうとした。 「これは、 自分の、 人間に対する最後の求愛でした」 と葉蔵は書く。 求愛、 という言葉。 道化は遊びではなく、 人間に近付くための真剣な手段だった。

第二の手記、 中学校。 葉蔵は道化として人気者になる。 ところがある日、 体育の時間に、 同級生の竹一に見抜かれる。 「ワザ。 ワザ」 と竹一は呟く。 葉蔵の道化が「演技」 であることを、 竹一一人が見ている。 葉蔵は恐怖し、 竹一に接近する。 友達にならなければ、 自分の演技が他の同級生たちにもばれてしまう、 という恐怖から。

竹一は葉蔵に二つの予言を与える。 「お前は、 偉い絵画きになる」、 そして「お前は、 きっと、 女に惚れられるよ」。 この二つの予言は、 物語の中で後に成就していく。 葉蔵は東京の画学校に進み、 多くの女性に惚れられていく。 竹一はそれだけの言葉を残して、 葉蔵の前から消える。 物語の中の竹一の出番はそこで終わる。

道化と恥。 この二つは葉蔵の中で結びついている。 笑わせ続けることでしか人間に近付けないという自覚が、 葉蔵にとっての恥の核にある。 「人間」 という言葉が、 本作では何度も使われる。 葉蔵は「人間」 に近付こうとして、 近付き切れない。 その距離が、 物語の前半で繰り返し示される。

2. 鎌倉の海——心中の生き残り

東京の画学校で、 葉蔵は堀木正雄という悪友と出会う。 堀木は葉蔵を酒と煙草と女と左翼運動 (非合法のシンパ活動) に引きずり込む。 葉蔵は堀木に流される形で、 自分の輪郭をさらに失っていく。

第二の手記の後半、 葉蔵は銀座のカフェで女給のツネ子と出会う。 ツネ子も葉蔵と同じく、 何かに疲れた人間だった。 二人は鎌倉の海で入水心中を試みる。 葉蔵だけが生き残る。 ツネ子は死ぬ。

葉蔵は自殺幇助罪で起訴されるが起訴猶予となり、 父の知人の書画骨董商・ヒラメ (本名・渋田) に引き取られる。 葉蔵がツネ子の死をどう受け止めたか、 第二の手記の語りは多くを語らない。 「自分が生き残ってしまった」 という事実だけが、 葉蔵の中に残る。

ここで起きていることは、 単純な「悲劇」 ではない。 葉蔵は死ねなかった。 ツネ子は死んだ。 葉蔵が生き残ったことが葉蔵自身を罰している、 という構造が、 物語の中盤に置かれる。 死ぬことすら自分の意志でやり遂げられなかった、 という認識が、 葉蔵の中で深くなる。

竹一の予言「お前は、 きっと、 女に惚れられるよ」 は、 ツネ子で一つ成就した。 だが惚れられることは葉蔵を救わない。 むしろ、 惚れられることで葉蔵は他者を死に巻き込んでいく。 求愛として始まった道化が、 結果として他者を傷つけていく構造に、 葉蔵自身が気付き始めている。

3. 「神に問う、 信頼は罪なりや」——ヨシ子と、 答えのない祈り

第三の手記。 葉蔵はヒラメ家から逃げ出し、 京橋のスタンドバーで堀木と再会する。 記者のシヅ子と出会い同棲、 シヅ子の小学生の娘シゲ子の「お父ちゃんがほしい」 という言葉を聞いて葉蔵は迷うが、 やがてシヅ子の家を出る。

そして、 タバコ屋の純粋無垢な娘・ヨシ子と結婚する。 ヨシ子は人を疑うことを知らない。 葉蔵は「信頼」 という言葉を、 ヨシ子という存在を通じて初めて意識する。 ヨシ子の信頼によって、 自分が救われるかもしれない、 と葉蔵は一瞬感じる。

ところがある夜、 葉蔵はヨシ子が出入りの商人に凌辱される場面を目撃する。 ヨシ子は人を疑うことを知らないがゆえに、 商人にも疑いを持たなかった。 葉蔵は止めに入れなかった。 ヨシ子の信頼が、 ヨシ子自身を傷つけた。

その後、 葉蔵は神に向かって問う。 「信頼は罪なりや」。

この問いの形を、 慎重に見ておきたい。 葉蔵は「ヨシ子は罪か」 と問うていない。 「信頼そのものが罪か」 と問うている。 ヨシ子の信頼は、 ヨシ子の善意であり、 ヨシ子の存在の核だった。 その信頼によってヨシ子は傷つけられた。 だとしたら、 「信頼する」 という人間の善意そのものが、 罪を呼び寄せる構造を持っているのではないか。

葉蔵にとって、 ヨシ子の信頼は救いの兆しだった。 自分を疑わない他者と一緒にいることで、 道化を演じ続けなくてよい場所を、 葉蔵は初めて手にした。 その救いの兆しが、 ヨシ子を傷つけることで断たれた。 救いと、 救いの破綻が、 ほとんど同じ事柄として、 葉蔵の中で重なる。 信頼が罪を呼ぶのなら、 救いそのものが罪を呼ぶ。 この認識は、 葉蔵の人間観の根を揺さぶる。

答えはない。 神は答えない。 葉蔵はその答えのなさを抱えたまま、 アンプル (モルヒネ) 中毒に陥り、 堀木の手引きで脳病院 (精神病院) に入院する。 そこで葉蔵は悟る——「もはや、 自分は、 完全に、 人間で無くなりました」。 本作のタイトル「人間失格」 は、 この場面から来ている。

ここで太宰の聖書受容を一つ補助線として置いておきたい。 弘前大学の研究によれば、 太宰治は約 140 編の作品のうち、 およそ三分の一に聖書・キリスト教への言及を持つ作家だった。 そして太宰は聖書を「福音 (gospel)」 ではなく「律法 (law)」 として読んでいた、 と論じられている。 律法の前に立つとき、 人間は自分の弱さに苦しむ。 救済ではなく、 まず自分が立ち得ないことを思い知らされる、 という読み方。

葉蔵が「信頼は罪なりや」 と神に問うとき、 葉蔵は律法の前に立っている。 信頼という善意すら罪であるとしたら、 自分は何によっても救われない。 太宰は受洗していない。 信者ではない。 しかし聖書を読み続けた。 葉蔵の問いは、 太宰自身が聖書を読みながら立っていた場所に重なっている。

4. 罪と罰の対義語——ドストエフスキーと太宰

第三の手記の中盤、 葉蔵と堀木が「罪のシノニム (対義語) は何か」 を考える場面がある。 きっかけは罪の反対は何か、 という言葉遊びだった。 善か、 法か、 蜜か、 サタンか。 二人は次々と言葉を挙げていく。

そこで葉蔵は、 ドストエフスキー『罪と罰』 を思い出す。 ドストエフスキーは「罪と罰」 を「同義語」 として書いたのか、 それとも「対義語 (アントニム)」 として書いたのか。 葉蔵の中で、 後者の解釈が浮かび上がる。 罪と罰は対義語ではないか。 罰によって罪が清められるという単純な関係ではなく、 罪と罰のあいだには、 埋まらない乖離があるのではないか。

この問いは葉蔵の自己認識と直結している。 葉蔵は自分を罪人と感じている。 だが罰を受けることでその罪が消えるとは思えない。 ツネ子心中の生き残り、 シゲ子への不誠実、 ヨシ子凌辱事件の傍観、 アンプル中毒、 脳病院入院——葉蔵は罰を重ねている。 だが罪は消えない。 罰は罪を清めない。 罪と罰のあいだには乖離がある。

ドストエフスキー『罪と罰』 のラスト、 ラスコーリニコフはシベリアで聖書を読み、 救済の予兆が示されて物語が閉じる。 太宰の葉蔵には、 そのラストが訪れない。 葉蔵は救済を得ない。 ただ、 罪と罰のあいだの乖離を抱えたまま、 脳病院から退院し、 故郷の長兄に引き取られて田舎で療養する。 物語の中の葉蔵の動きは、 そこで止まる。

罪と罰の対義語問題は、 一見すると言葉遊びに見える。 だが、 これは太宰治という作家の根本問いだった。 「自分は罪人だ。 しかし罰によって清められない」。 この認識は、 律法として聖書を読み続けた太宰の自意識の中核にある。 葉蔵の言葉遊びの中に、 太宰の祈りの形が透けている。

5. 「神様みたいないい子でした」——マダムの反転証言

物語はあとがきで閉じる。 京橋スタンドバーのマダムが、 たまたまその店に立ち寄った作家「私」 に、 三冊の手記と三枚の写真を渡す。 葉蔵がスタンドバーに置いていったものだ、 と。 葉蔵の行方は知らない、 と。

「私」 が手記を読み終えた後、 マダムにこう尋ねる場面がある。 「あの方の父親が悪いのです」 という意味のことを、 マダムが言うのを聞いて、 「私」 が「葉ちゃんはどうしていますか」 と聞く形で。 マダムが答える。

「私たちの知っている葉ちゃんは、 とても素直で、 よく気がきいて、 あれでお酒さえ飲まなければ、 いいえ、 飲んでも、 …神様みたいないい子でした」。

この一文で物語は閉じる。

葉蔵自身の自己評価は「人間失格」 だった。 完全に人間で無くなった、 という自己認識を葉蔵は脳病院で確定した。 ところがマダムは、 葉蔵を「神様みたいないい子」 と呼んだ。 二つの評価のあいだに、 決定的な乖離がある。

この乖離をどう読むか。 物語は答えを出さない。 ただ、 マダムの一言が、 葉蔵の手記の最後のページの先に置かれている、 という事実だけが残る。 葉蔵の手記の中では、 葉蔵は神に問うていた。 「信頼は罪なりや」。 答えは返らなかった。 ところが、 手記の外側で、 マダムが葉蔵を「神様みたいないい子」 と呼んでいた。

マダムは葉蔵の手記を読んでいない。 葉蔵がスタンドバーで何を考え、 何に苦しんでいたか、 マダムは知らない。 ただ、 マダムは葉蔵と酒の場で接していた他者として、 葉蔵を観察していた。 マダムの「神様みたいな」 という言葉は、 マダムの中の葉蔵の像から出てきたものだ。 葉蔵自身の自己評価とは別の経路で、 マダムの中に葉蔵の像が形成されていた。

葉蔵が神に問うた問いに、 神は直接答えなかった。 だが、 マダムの証言が、 葉蔵の手記の物語構造の外側に、 別の答えの形を置いている。 「神様みたいな」 という比喩は、 神に近い、 神に喩えられる、 という意味だ。 葉蔵が神の前で何を問うていたか、 マダムは知らない。 知らないまま、 葉蔵を神に喩えた。

葉蔵の自己評価と、 マダムの証言。 葉蔵の問いと、 マダムの答え。 物語はこの二つを並置したまま閉じる。 どちらが真実か、 物語は答えない。 ただ、 二つの評価のあいだの距離が、 読者の手元に残される。

おわりに

1948 年 5 月 12 日、 太宰治は『人間失格』 を脱稿した。 6 月 13 日、 玉川上水で山崎富栄と入水自殺した。 連載最終回 (8 月号) が発表される 1 ヶ月前、 単行本 (7 月 25 日刊) の発売 1 ヶ月前のことだった。 完成稿はすでに出来上がっていた。

本作を「遺書」 として読む歴史は長い。 ただ、 「遺書」 として読むことは、 物語の構造を作者の伝記に回収してしまう危うさを持つ。 太宰=葉蔵という単純化を本作は許さない。 葉蔵は太宰そのものではない。 私小説形式のフィクションとして、 葉蔵の手記は構築されている。

そして本作の終わりは、 葉蔵の最後の言葉ではなく、 マダムの「神様みたいないい子でした」 で閉じる。 葉蔵自身の声で物語を閉じることを、 太宰はしなかった。 マダムという、 葉蔵の人生のごく一部しか知らない他者の声を、 物語の最後に置いた。

葉蔵が神に問うた「信頼は罪なりや」 は、 物語の中では答えられない。 だが、 マダムの「神様みたいないい子でした」 は、 葉蔵の問いの外側に立つ証言として、 静かに残されている。 葉蔵の問いと、 マダムの証言。 二つは交わらないまま、 物語の中に並んでいる。

太宰治は、 葉蔵の問いに自分で答えなかった。 マダムの証言を答えとして提示することもしなかった。 ただ二つを並べた。 その並べ方の中に、 太宰が聖書を律法として読み続け、 福音を得ないまま生き、 そして死んだ人間の祈りの形が、 そこにある。

「神に問う、 信頼は罪なりや」。

問いは、 まだ問われている。

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こんにちは。亀吉です。 仕事の合間にブログを書いています。 このブログは、どこまでも個人的で恣意的な思想の表明です。思うままに・・・ 映画と本が好きです。その他音楽や登山など。
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