G-0C41NE8DJB 『ナポレオン言行録』オクターヴ・オブリ編 — 帝国は消えて、言葉が残った|亀吉の呟き
亀吉の書評

『ナポレオン言行録』オクターヴ・オブリ編 — 帝国は消えて、言葉が残った

『ナポレオン言行録』オクターヴ・オブリ編 — 帝国は消えて、言葉が残った
yoshiomi
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はじめに

ナポレオンという名前は、たいてい派手なイメージを連れてくる。戦場を駆ける将軍、戴冠する皇帝、地図を塗り替えた男。書店の棚では、その名は「勝ち方」や「人の動かし方」といった見出しと並んでいることが多い。英雄に学ぶ、という角度だ。

けれど、オクターヴ・オブリが編んだ『ナポレオン言行録』は、その角度から少しはずれたところにある。大塚幸男の訳で岩波文庫に入っているこの一冊は、外から英雄を描いた伝記ではない。ナポレオン自身が書き残した手紙や布告、戦報や語録のなかから、フランスの歴史家オブリが選び、年代順に並べた選集だ。ページを埋めているのは、解説者の要約ではなく、本人が書いた文そのものである。

領土も、王座も、最後には大西洋のセント・ヘレナという絶海の島で失われた。いま手もとの文庫一冊に残るのは、かつて世界を動かした男が、自分の手で書きつけた短い文だけだ。だからこの本は、いくさの年表を追う本ではなく、一人の書き手の声を、絶頂から幽閉まで通して聞く本として読める。読みどころは、勝敗の記録よりも、短い文そのものと、それを書いた人間の手つきのほうにある。

手に取ると、意外なほど薄い。厚い評伝を想像していると、拍子抜けするかもしれない。だが、その薄さには理由がある。一人の巨大な生涯が、選び抜かれた言葉の束にまで絞られている。ページをめくる指が、いくつもの戦や布告を、数行ずつ通り過ぎていく。分量で圧倒する本ではない。短い文が、一つずつ立っている。

これは伝記ではない

まず、この本の作られ方を押さえておきたい。伝記なら、著者が資料を集め、人物を外側から描く。だが言行録は逆で、人物本人の言葉が素材として残る。オブリがしたのは、書くことではなく、選ぶことと、短い解説を添えることだった。編者の仕事は、どの言葉を残し、どれを外すか、という一点に集まっている。

材料は幅広い。若い将校が家族に宛てた手紙、統領や皇帝として発した布告、戦地から送った報告、側近が書きとめた談話。それらを時間の順に並べると、一人の人間が上り、絶頂に立ち、そして下っていく——その道のりが、本人の文だけで追える。物語を組み立てるための地の文はほとんどない。あるのは、その時々に彼が発した言葉と、前後をつなぐ最小限の説明だけだ。

本は大きく二つの部分でできている、と解説される。前半は生涯を時間の順にたどる部分で、青年期から統領、帝国、そして凋落までを、その折々の言葉で追う。後半は主題ごとに言葉を束ねた部分で、戦争についての考え、自分自身についての述懐、人や物事に下した判断、格言に近い断章が並ぶ。前半が一人の人間の生涯の流れだとすれば、後半は、その人間が世界をどう見ていたかの見取り図に近い。同じ言葉でも、時間の順に並べるのと、主題ごとに束ねるのとでは、違って読める。

手紙と布告と戦報では、言葉の調子が違う。家族へ宛てた手紙には、若さや弱さもにじむ。布告は大勢に向けて放たれるから、音が高く、鼓舞の調子を帯びる。戦報は事実を伝える文体で、簡潔さがいっそう際立つ。同じ人間が、宛先によって声を変えている。その使い分けまで含めて読めるのが、言行録という器のおもしろさだ。伝記なら一つの語り口にならされてしまう複数の声が、ここでは生のまま並んでいる。

原著のタイトルは Les Pages immortelles de Napoléon という。刊行は1941年、日本語版が岩波文庫に入ったのは、それよりずっと後の1983年である。編んだオブリは小説も歴史書も書いた人で、十九世紀のフランス史とナポレオンを長く追いかけていた。ふつうの伝記作家は膨大な資料から一冊を組み立てるが、ここでは主人公自身がすでに大量の文を残していて、オブリはそこから選び取る側に回っている。だから読者が受け取るのは、誰かの解釈を通した肖像ではなく、本人の口ぶりに近い。

十五語で言い切る書き手

オブリがこの選集で光を当てているのは、将軍でも皇帝でもなく、まず文章家としてのナポレオンだ。驚くべき将帥であり立法家であっただけでなく、偉大な文人でもあった、と編者は評している。その証拠は、言葉そのものにある。わずか十五から二十語のうちに、哲学といっていい内容を一気に言い切ってしまう。飾りは少なく、要点だけが短く残る。長く説明しないぶん、短い一文に言いたいことがすべて入っている。

この簡潔さは、生まれつきの才というより、長い読書の蓄積から来ている。士官学校を出た後、南仏ヴァランスに駐屯していた若い時期、彼は猛烈に本を読んだ。歴史、軍学、小説、詩、戯曲、哲学、宗教の研究書まで、分野を選ばずに読み、余白に書きこみをし、ノートに考えを書き散らした。読むだけでなく、読んだものを自分の言葉に直しつづけた。この習慣は、地位が上がっても消えなかった。

短いからといって、そっけないわけではない。一語も無駄がないぶん、かえって読む側が自分の経験を差し込む隙間ができる。だからこそ後世の作家たちは、この人物の断片に自分を映して読んだ。オブリが年代順に並べたことで、若い頃の勢いのある文と、年を重ねた後の苦みのある文とが、同じ書き手の変化として並ぶ。文には、その人が通ってきた時間がそのまま出る。

言い切る力は、たくさん読んだ人が、どの言葉を捨てられるかを知っている、ということでもある。バルザックやスタンダール、ユゴー、後にはトルストイやドストエフスキーまでが、この人物に惹かれた。その背景には、戦の強さだけでなく、文学青年のまま大きくなったような一面があったからだ、と解説はいう。皇帝の布告を読んでいるはずが、いつのまにか、一人の書き手の文を読んでいる。短い一文の奥には、それまで積み上げてきた大量の読書がある。

具体的にいえば、一つの布告が数行で終わることも珍しくない。長い演説をそのまま載せるのではなく、要点だけが切り出されて残る。読む側は、その短さの前でいったん止まり、省かれた部分を自分で補いながら進むことになる。書き手が言い切ったぶん、読み手の側に考える余地が残る。短い文が強いのは、書いた人の確信が濃いからだけではない。読む側にゆだねられた部分が大きいからだ。言葉を削るのは、読者を信じることでもある。

占領下で選ばれた言葉

この本には、もう一つ見落とせない影がある。オブリがこれを編んだ1941年、フランスはドイツの占領下にあった。過去の栄光を思い出させ、うなだれた同胞に自信を取り戻させたい。そういう願いから、彼はナポレオンの言葉を選んでいる。

これは大事な補助線になる。選集というかたちは、中立に見えて、じつは選者の意図と時代の空気を濃く映す。どの言葉を前に出し、どれを控えるか。その取捨のなかに、その年のフランスが抱えた願いが入りこんでいる。だから読者は、ナポレオンの声を聞きながら、同時に、彼を必要とした時代の声も聞くことになる。言葉を選んだ手が、占領下に生きた一人の歴史家のものだったことは、忘れないほうがいい。

言葉を選ぶという行為には、必ず選ぶ人の立場が映る。オブリは学者として長くナポレオンを研究してきた人だが、この選集を編んだとき、彼はまた、占領された国の一市民でもあった。晩年には学士院の会員に選ばれながら、就任の演説をする前に世を去っている。そういう一人の人生の終盤に、彼はこの国民的英雄の言葉を集め直した。本書には、二人の人間の影が重なっている。言葉を発したナポレオンと、それを選び直したオブリ。読者は、その二人の視線を同時に受け取ることになる。

この影を無視すると、本書はただの英雄礼賛にも読めてしまう。強い言葉を並べて、勇ましさに酔うだけの本に。ナポレオンの戦は、数えきれない人の死のうえに立っていた。その事実を勇壮な物語に変えてしまっては、この本の大事なところを読み落とすことになる。オブリの意図を知ったうえで読めば、同じ言葉が違って響く。ここに集まっているのは、絶対の真理ではない。ある敗北の時代が、過去の勝者に求めた励ましだ。言葉の強さと、それを必要とした側の弱さが、一冊のなかに同居している。

付け加えれば、選ぶことは、消すことでもある。オブリが一つの言葉を選ぶたび、その後ろには、選ばれなかった無数の言葉がある。読者が受け取るのは、ナポレオンの全部ではなく、ある時代のある学者が必要だと判断した範囲だけだ。だから、ここにあるのが全体の一部でしかないことは、頭の隅に置いておきたい。オブリが何を選び、何を落としたか。それを意識して読むと、同じ言葉の受け取り方も変わる。

絶頂から島へ

ナポレオンは1769年、地中海のコルシカ島に生まれた。年代順に読み進めると、若い砲兵将校が頭角をあらわし、統領となり、やがて皇帝の冠をかぶるまでの上り坂が、本人の文で追える。この時期の布告の言葉は自信にあふれ、命令は短く、迷いがない。勝ちつづけている人間の文体が、そのまま紙に残っている。

だが、本の後半で坂は下りに変わる。遠い戦役の失敗、同盟の崩れ、そして失脚。二度の退位を経て、彼は大西洋の孤島セント・ヘレナに送られ、そこで残りの日々を過ごし、1821年に世を去る。この本の重みは、じつは後半のこの島にある。皇帝として発した華々しい布告よりも、すべてを失った男が島で過去を語り直す言葉のほうが、後々まで長く尾を引く。

島での日々は、退屈と病と監視のなかにあった。彼はそこで、過去の戦や政策を語り、自分の判断を弁護し、時に敵をなじった。そのやりとりの多くは、後に本や記録として世に出る。勝者としての布告は公式の言葉だが、島の語りは、もっと私的で、揺れている。栄光を語る声と、その栄光を失った現実とが、同じ口から出てくる。年代順に読んでくると、この二つの声の差が、いやでも耳につく。

島の語りは、回想であると同時に、自己弁明でもある。自分の生涯を、一篇の物語のように眺め返している。自分の人生はまるで小説のようだ。そう漏らしたと伝えられる有名な一句もあるが、これは後年に側近が書きとめた記録に由来し、本人の原稿には見当たらない、と指摘されている。だから逐語の引用として振り回すより、大意だけを汲むほうがいい。確かなのは、絶頂の布告と幽閉の回想を、同じ一冊のなかで、同じ書き手の声として続けて読める、ということだ。栄光の言葉と敗北の言葉が、一人の人間のなかで地続きになっている。それは、伝記の要約からは取り出せない。

上り坂の言葉と下り坂の言葉を、同じ人が書いている。年代順に並べると、その二つがくっきり分かれて見える。勝っているときの文には迷いがない代わりに、深さは薄い。失ってからの文には、苦さと、そのぶんの陰影がある。どちらが本当のナポレオンか、と問うても仕方がない。両方とも本人だ。強い言葉だけを集めた本なら、勝っている側の文しか残らない。勝者の声も敗者の声も、同じ人のものとして続けて聞けること。それが、この選集の値打ちだと思う。

いま一冊を開く理由

ナポレオンは、勝ち方を教わる相手として、少し消費されすぎたのかもしれない。書店にも動画にも、彼の名を借りた成功の話は数えきれない。だが、この選集が差し出すのは、そうした成功の教えではない。世界を動かした人間が、自分の勝ちと負けを、どんな言葉で言い表したか。その言葉づかいそのものを読む本である。

偉人に発破をかけられたいのではなく、一人の人間の声をただ聞きたくなるときがある。派手なイメージに少し食傷しつつ、それでも歴史上の人物の肉声に触れたい人に、この文庫は向いている。フランス文学や歴史が好きな人はもちろん、自分の来し方をどんな言葉で掴めばいいか迷っている人にも、短い断章のいくつかは残るはずだ。

読み方に決まりはない。頭から年代順にたどってもいいし、後半の主題別の断章から拾い読みしてもいい。気になった一文で立ち止まり、しばらくその言葉を反芻する、という読み方も、この本には合っている。短い文が多いぶん、どこから入っても、すぐにその人の声に届く。通して読めば生涯の流れが見えるし、拾って読めば短い一文だけが手もとに残る。厚い評伝にはない、この軽さが、文庫という形によく似合っている。

答えや教訓が手に入る本ではない。むしろ、答えを出した気になっている人ほど、この本の短さに足をすくわれる。十五から二十語で世界を言い切った男が、最後には島で、その世界のすべてを失っていたのだから。言葉の切れ味と、その言葉を支えていた土台のもろさは、切り離せない。

おわりに

一人の人間が、地図を塗り替え、王たちを従え、やがてそのすべてを失った。最後に残ったのは、絶海の島と、そこで語られた言葉だった。

『ナポレオン言行録』が差し出すのは、勝利の秘訣でも、人を動かす技術でもない。二百年ほど前に、一人の書き手が十五から二十語で言い切った、短い文の連なりだ。帝国は地上から消えた。彼が動かした大陸の秩序も、とうに別のかたちに変わっている。それでも、その男が自分の手で書いた文は、薄い一冊のなかに残り、いまも机の上でひらかれる。

領土という巨大なものは失われ、数十語の文という小さなものが生き延びた。オブリが占領下で選び直したのも、大砲の数ではなく、この短い言葉のほうだった。ナポレオンを読むとは、勝ち方を教わることではない。世界を動かした一人の人間が、自分をどんな言葉で掴もうとしたのかを、その声のまま聞くことだ。帝国を失った男の短い文が、文庫一冊のなかに、いまも残っている。

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こんにちは。亀吉です。 仕事の合間にブログを書いています。 このブログは、どこまでも個人的で恣意的な思想の表明です。思うままに・・・ 映画と本が好きです。その他音楽や登山など。
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