G-0C41NE8DJB 人生の短さについて (49 AD 頃) — 人生は短くはない、 我々が短くしているのだ|亀吉の呟き
亀吉の書評

人生の短さについて (49 AD 頃) — 人生は短くはない、 我々が短くしているのだ

人生の短さについて (49 AD 頃) — 人生は短くはない、 我々が短くしているのだ
yoshiomi

セネカが紀元 49 年頃に書いた 20 章のエッセイ、 『人生の短さについて』 (岩波文庫・大西英文訳では『生の短さについて』) は、 冒頭の一行に命題を据えている。 ラテン語の原典の最初の文は、 こう始まる。

Maior pars mortalium, Pauline, de naturae malignitate conqueritur, quod in exiguum aevi gignamur.

大半の人間は、 パウリヌスよ、 自然の意地悪さに対して文句を言う。 短い時間しか生きるように生まれていない、 と。

セネカは、 この一般の嘆きをそのまま受け取らない。 数段あとで、 それに反論する。

Non exiguum temporis habemus, sed multum perdidimus.

大西英文の訳で「我々は短い時間しか持っていないのではない、 多くを浪費したのだ」 と読む。 セネカが何度も書き直したと思われる第 1 章の終わりに、 もう一度、 同じ命題が反復される。

Ita est: non accipimus brevem vitam, sed fecimus, nec inopes eius, sed prodigi sumus.

その通りだ。 我々は短い生を受け取ったのではなく、 短くしてしまった。 不足しているのではなく、 浪費しているのだ。

冒頭で命題を立て、 章末で同じ命題を別の言い方で言い直す。 「持っていない」 を「受け取った」 に、 「浪費した」 を「不足ではなく浪費」 に置き換える。 セネカは、 自分が立てた命題を、 自分の手で繰り返し撫でて磨いている。 1 章 1 段落のなかに、 既に書き手の手の動きが見える。

このエッセイは、 個別の 1 人の人物に宛てて書かれた手紙だ。 名宛人はパウリヌス。 正式の名前は ポンペイウス・パウリヌス (Pompeius Paulinus)。 ローマ市の穀物供給長官 (praefectus annonae) を務めていた公務員で、 セネカの妻ポンペイア・パウリナの父 — つまり義父と推定されている。 (同名別人物だという別説もある。 古典学者の Hardie が 1932 年に提示した推定だが、 21 世紀の研究者 Costa や Inwood も義父説を採っている。)

『人生の短さについて』 を「自己啓発の古典」 として消費すると、 この手紙の最初の宛先が滑り抜ける。 21 世紀の我々は、 2000 年遅れてパウリヌス宛ての手紙を盗み見している。 パウリヌスがどう読んだかは記録に残らない。 パウリヌスが穀物管理の職を辞めたかどうかも分からない。 だが、 手紙そのものは残った。

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§1 「金には吝嗇だが、 時間は気前よく与える」 (第 3 章)

第 3 章で、 セネカは金と時間を並べてみせる。 ラテン語で書けばこうだ。

Nemo invenitur qui pecuniam suam dividere velit, vitam unusquisque quam multis distribuit!

誰も自分の金を分け与えようとはしない、 だが自分の人生を、 何と多くの人に気前よく分け与えていることか。

金と時間とで、 セネカは違う言葉を当てる。 金は「分け与える (dividere)」、 時間は「気前よく配る (distribuit)」。 「distribuit」 の方が、 撒き散らす含意が強い。

紀元 1 世紀のローマで、 セネカが「気前よく与える」 と書いた時間の与え方を、 もう少し具体的に見るのが第 12-13 章の occupati (忙しい人々) のカタログだ。 髪を整える時間。 客人を迎える時間。 集まりに出る時間。 誰かに呼ばれて出向く時間。 セネカは羅列していく。

21 世紀の我々の時間の与え方を、 同じ言葉で言い直してみる。 会議に出る時間。 SNS の通知を眺める時間。 メールに返信する時間。 同僚の相談を聞く時間。 親族からの連絡に応じる時間。 部下の進捗確認を待つ時間。

セネカが書いた「気前よく与える」 という言葉は、 これら全部をひとまとめにして指している。 与えた相手が善人か悪人か、 用件が大事か瑣末か、 という区別をセネカは立てていない。 ただ「与えた時間は戻ってこない」 とだけ書く。

第 3 章は、 もう一段踏み込む。 金を貸したら、 借用書を取る。 利子を計算する。 返済期限を待つ。 だが、 自分の時間を誰かに渡したとき、 借用書はない。 利子はない。 返済期限はない。 戻ってくる保証もない。 時間は、 金より重要で、 金より気軽に与えられている。 これが第 3 章の非対称だ。

§2 一日を勘定してみろ (第 8 章)

第 8 章で、 セネカはパウリヌスにこう指示する。

一日を、 一つ一つ勘定してみろ。 他人にどれだけの時間を与えているか、 自分にどれだけの時間が残っているか。

「勘定する」 という言葉は、 公務員パウリヌスの仕事の言葉でもある。 穀物供給長官は、 ローマ市の食料を計量し、 帳簿を管理する職務だ。 セネカは、 義父の仕事の言葉を借りて、 自分の時間を計量しろ、 と言う。

ここで重要なのは、 「もっと有意義なことに時間を使え」 という命令ではないことだ。 セネカは「何に使うか」 ではなく「どこに行ったか」 を勘定しろと言う。 行き先を勘定すれば、 戻ってこないことが、 数字として見える。 数字として見えれば、 渡す相手を選び始めるかもしれない。 選び始めなくてもいい。 ただ、 勘定してみること、 それだけがセネカの指示だ。

§3 三つの時間 (第 10 章)

第 10 章で、 セネカは生を三つの時間に分ける。 過去のもの、 現在のもの、 未来のもの。

Omnis vita in tria tempora dividitur: quod fuit, quod est, quod futurum est.

このうち、 過去のものだけが確実 (certa) だ、 とセネカは言う。 過ぎ去ったことは、 誰にも奪われない。 現在は短い。 一瞬で過ぎ去る。 未来は不確実だ。 来るかもしれないし、 来ないかもしれない。

ストア派の時間観としてよく知られた図式だが、 セネカが第 10 章で力を入れるのは「過去の確実さ」 の方だ。 忙しい人 (occupatus) は、 未来を予期するために現在を失う。 現在を失う者は、 過去を蓄積しない。 過去を蓄積しなければ、 確実なものを何も持たないまま、 不確実な未来に向かう。

第 9 章でセネカは別の言い方でこれを書いている。

Maximum vivendi impedimentum est exspectatio.

生きることの最大の障害は、 待望することだ。

未来を待望するなかで、 現在を取り逃がす。 現在を取り逃がすから、 過去に確実なものが残らない。 過去に確実なものが残らないから、 未来をさらに焦って待望する。 ループが閉じる。

セネカが提案するのは、 ループの外側に出ることだ。 過去の方を向く。 過去にすでに起きたことを、 自分の確実な所有として確保する。 「我々の人生のうち、 過ぎ去ったものは奪われない」 と書く。 過ぎ去ったから失った、 ではなく、 過ぎ去ったから安全に持ち続けている、 という方向の語り方だ。

§4 「生きることも、 死ぬことも、 生涯学ばねばならない」 (第 7 章)

第 7 章で、 セネカは一文を残す。

Vivere tota vita discendum est, et, quod magis fortasse miraberis, tota vita discendum est mori.

生きることは生涯学ばねばならない。 そして、 もっと驚くべきことに、 死ぬことも生涯学ばねばならない。

ストア派の死生観として要約されることが多い一節だが、 セネカの選んだ語 (discendum est = 学ばれねばならない) はもう少し具体的だ。 「悟れ」 ではなく「学べ」。 「達観せよ」 ではなく「学べ」。

ストア派は、 しばしば「禁欲主義の系譜」 として紹介される。 だが、 セネカが禁欲を説いているわけではない。 紀元前 3 世紀のキティオンのゼノンから始まるストア派の中心命題は、 「自然と一致して生きる」「徳のみが善である」「情念に振り回されない」 の三つだ。 「情念に振り回されない (apatheia)」 は、 欲望そのものを否定する禁欲主義とは別の概念だ。 ストア派は、 欲望ではなく、 欲望を誤った対象に向ける判断 — 「これは善である」 という誤った認識 — を治療しようとする。

セネカが「死ぬことを生涯学ばねばならない」 と書くのは、 死を恐れるなと言っているのではない。 死が来る日に、 既に学んだ姿勢でそれを迎えるための準備だ。 その準備は、 一日 1 行ずつでよい。 セネカはこの本の他の章で、 毎日就寝前にその日を回顧する習慣を勧めている。

「学べ」 という言葉は、 ストア派にいくつかある語り口のひとつだ。 後輩のエピクテトス (奴隷出身のストア哲学者、 紀元 50-135 頃) は「鍛えよ」 と書く傾向があり、 2 世紀の皇帝マルクス・アウレリウスは『自省録』 で「思い出せ」 と書く傾向がある。 セネカは「学べ」 と書く。 学ぶことには、 終わりがない。 終わらないものを、 生涯続ける形で死を待つ。

セネカ自身は、 紀元 65 年に皇帝ネロから自害命令を受けて、 自宅で静脈を切り、 蒸し風呂で息を引き取る。 死を待つこの姿勢を、 16 年後に自分の身体で実演することになる。 『人生の短さについて』 を 49 年に書いた時点で、 セネカは自分のその死を予期していない。 だが、 「死を生涯学ばねばならない」 という一文は、 16 年後の自分のために、 49 年の手紙のなかに既に置かれていた。

§5 閑暇 (otium) と過去の哲学者との対話 (第 14 章)

第 14 章は、 このエッセイの中でもっとも文学的な章だ。 セネカは閑暇 (otium) について書く。 公務 (negotium) の反対概念で、 ローマ社会では「無為」「怠惰」 と同義に響く言葉だが、 セネカは閑暇の方を擁護する。

閑暇のなかで、 我々は過去の哲学者たち全員に会える、 とセネカは言う。

Cum omnibus saeculis erit nobis commercium.

あらゆる時代と、 我々は交渉を持つことができる。

ソクラテスを訪ねたければ、 訪ねられる。 ゼノンと議論したければ、 できる。 カルネアデスやエピクロスを毎日訪問することもできる。 セネカは具体的な哲学者の名を挙げる。 アリストテレス、 テオフラストス、 ピタゴラス。 (★ セネカは自身がエピクロスの言葉を頻繁に引用したストア派 — 学派の境界を緩く扱う人物だった。)

閑暇のなかで時間を過ごす者は、 自分の数十年の人生を超えた長さの対話を持つ。 公務に従事する者は、 自分の数十年のなかで多くの人と会うが、 自分より先の世代の人とは会えない。 セネカの議論は、 時間の「長さ」 を、 物理的な年数ではなく、 対話可能な世代の幅で測り直す。

このエッセイ自体が、 紀元 49 年のセネカと、 21 世紀の読者の対話になっていることを思い出す。 セネカが書いた閑暇の効用が、 セネカ自身の手紙によって読者の側で実演されている。

§6 パウリヌスの実像と、 セネカ自身の矛盾

パウリヌスがどう読んだかは記録に残らない。 ただ、 タキトゥスの『年代記』 に、 ポンペイウス・パウリヌスがその後ゲルマニア軍団の軍団長を務めたという記録がある。 穀物管理を辞めたかどうかは分からない。 セネカの手紙が、 義父の人生に何らかの影響を及ぼしたかどうかも、 確かめようがない。

セネカ自身の伝記には、 別の影が落ちている。 49 年の本書執筆の翌年、 50 年に、 セネカは皇帝クラウディウスの妃アグリッピナによって、 12 歳の少年ネロの家庭教師に任命される。 ネロが 16 歳で皇帝に即位したあと、 セネカは 8 年間、 帝国の相談役を務める。 巨額の財産を蓄え、 高利貸しもしたという記録がタキトゥスや カッシウス・ディオに残っている。 62 年に引退、 65 年に皇帝ネロから自害命令を受けて自死する。

『人生の短さについて』 で「閑暇を選べ、 占有された時間を取り戻せ」 と書いた人物が、 その後 13 年間、 ローマ帝国の中枢で多忙な日々を過ごした、 という伝記事実は残る。 19 世紀以降の批評は、 この矛盾を理由にセネカを「偽善者」 と呼んだ。

ただ、 この伝記事実が命題の力を消すかは別の問題だ。 セネカが本書で書いたのは「私はこのように生きている」 ではない。 「自分の時間を勘定してみろ、 三つの時間を区別してみろ、 過去を確保してみろ」 という手順の指示だ。 その手順は、 書き手の人生と切り離して受け取れる。 書き手自身がそれを生きられなかったことが、 指示そのものを否定する、 とは限らない。

§おわりに 2000 年遅れて読む手紙

『人生の短さについて』 は、 義父への手紙という形式を取りながら、 同時に「対話篇」 集 (Dialogi) の第 10 巻として公刊されることを意図して書かれた。 個別の 1 人に宛てた手紙が、 公刊によって匿名の多数に届く。 セネカが第 14 章で書いた「閑暇のなかで時代を超える対話」 が、 この本の形式そのものに埋め込まれている。

21 世紀の読者には、 セネカの手紙が二重に届く。 一つは、 書かれている中身として。 一日を勘定すること、 過去を自分のものとして確保すること、 閑暇のなかで遠い時代の人と語ること。 もう一つは、 手紙そのものの存在として。 紀元 49 年のローマで書かれた手紙を、 2000 年後の我々がいま読んでいる — この事実そのものが、 セネカの言う「閑暇のなかで時代を超えて語る」 を、 そのまま実演している。

冒頭の命題に戻る。 「人生は短くはない、 我々が短くしているのだ」。 「短くしている」 のは、 セネカでもパウリヌスでもなく、 読者自身だ。 だが、 「短くしているのは自分だ」 と読者が認めるかどうかは、 セネカの側からは決められない。 手紙は、 そこを読者にあずけたまま閉じる。

第 8 章の指示が、 ラテン語のまま耳に残る。

一日を勘定してみろ。

勘定するか、 しないか。 勘定して何かを変えるか、 何も変えないか。 セネカはそこまでは指示しない。 指示は『一日を勘定してみろ』 の一行で止まり、 あとは読む側に委ねられる。 その一行は、 2000 年のあいだ宛先を替えながら届き続けて、 いま読者の手元に置かれている。

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