『人間とは何か』マーク・トウェイン — 機械には罪がないから
はじめに 『トム・ソーヤーの冒険』を書いた作家、世界じゅうの聴衆を笑わせた講演家、マーク・トウェイン。川を下る筏、いたずらと冒険、白いスーツで舞台に立つ姿。その名が呼び起こすのは、たいてい陽のあたる側の顔だ。そのトウェインが、晩年にたった一冊、自分の名を伏せて世に出した本がある。『人間とは何か』。ひらいてみると、あの陽気さはどこにもない。
年老いた男と若い男が向かいあい、老人が青年に、おだやかに、しかし一歩も譲らずに言い聞かせる。人間は機械である。自分からは何ひとつ生み出さない、ただ外の力で回る歯車の集まりにすぎない。老人はそう言い切る。笑いを生涯の仕事にしてきた人が、人生の終わりに近づいて、笑いをいっさい封じた本を書いた。
なぜ、いちばん人を笑わせた男が、最後にこんな身も蓋もない本を書いたのか。この問いを入り口にすると、暗く突き放したこの対話篇が、少し違って見えてくる。人間がただの機械で、自分からは何も生み出さないのなら、悪い行いも、その人ひとりの罪ではなくなる。老人が最後に差し出すのは、一つの理屈ではない。私たちが人間をどう見つめるか、その見つめ方のほうの転換だ。
老人と青年 本書は物語ではなく、ひとつの対話でできている。年老いた男と、若い男。老人が語り手で、青年は聞き役であり、ときに反発する相手役でもある。老人はゆっくりと、けれど決して退かずに、自分の考えを述べていく。青年は驚き、いやがり、抜け道をさがし、それでも老人の理屈をうまく崩せない。この二人のやりとりが、最後の頁まで続いていく。
老人の言うことを、そのままマーク・トウェイン自身の結論だと決めてかからないほうがいい。トウェインはたしかに、この老人に近い見方を持っていたと伝わる。だが、揺れもあった。老人は、トウェイン自身の暗い側だけを取り出して、そこに筋を通させた人物だと考えたほうがいい。老人に食い下がる青年の抵抗もまた、同じトウェインの一部なのだろう。だからこの本は、ひとりの人間が自分の中で交わした、長い言い争いの記録でもある。
人間は機械である 老人の主張は、ひとつの命題に集まっていく。人間は機械である。外から材料を入れられ、それを決まったやり方で処理して押し返すだけの装置であって、自分からは何ひとつ生み出さない。ある考えが頭に浮かぶとき、それはどこか外から届いたものだ。生まれ持った性質、育った環境、出会ってきた人々、受けてきた訓練。人を動かすのはそうした外側の力だけで、内側からまったく手つかずに湧いてくるものは、ひとつもない。
老人は金属のたとえを持ち出す。鉄には鉄の、錫には錫の、銅や金にはそれぞれ決まった性質がある。熱を加えれば、鉄は鉄なりに、金は金なりにふるまう。人間も同じで、誰もが生まれ持った性質のとおりにしか動けない。錫でできた人間に、金のようにふるまえと責めても仕方がない。ここには、自由な意志の入りこむすきまがない。私たちが「自分で選んだ」と感じている決断も、老人に言わせれば、外から積まれてきた条件がはじき出した答えを、あとから自分の手柄と勘違いしているだけになる。人は選んでいるつもりで、ほんとうは押されている。老人はそう繰り返す。
青年はなおも粘る。それなら、苦労して身につけた徳はどうなるのか。欲望をこらえ、自分に打ち勝った、あの克己はどうなのか。だが老人は動じない。こらえる力を持てたこと自体が、生まれ持った気質と、そう仕込まれてきた育ちの産物なのだ、と返す。強い意志に見えるものも、もとをたどれば外から与えられている。青年が言葉に詰まるたび、老人の機械という比喩は、逃げ道をひとつずつふさいでいく。
手柄も罪もない 人が自分からは何も生み出さないのなら、そこから、この本の一番大切な結論が導かれる。良い行いも悪い行いも、その人がまったくの手つかずから成しとげたものではない。だとすれば、立派な行いを心から称えることにも、悪い行いをその人の罪として責めることにも、ほんとうの根拠がなくなっていく。手柄もなければ、罪もない。
これは、ずいぶん乱暴な言い分に聞こえる。人殺しをとがめるな、とでも言うのか。青年も、そこで強く抵抗する。だが老人は、称賛や非難という感情そのものを消せと言っているのではない。ただ、その人を「もともと悪い人間だ」と刻みつけ、まるごと突き放す資格が、はたして私たちの側にあるのか、と問うている。悪事をなした者は、そう動くよりほかない性質と条件を、外から積み上げられてきた。もし同じ境遇を、同じ順で背負わされていたら、とがめる側の人間も、同じことをしていたかもしれない。そう考えると、誰かをまるごと悪人と決めつけて責めることが、急にむずかしくなる。責める気持ちが消えるわけではない。ただ、その人だけのせいにしていいのか、と一度立ち止まることになる。
この見方は、私たちが人をほめたり責めたりするとき、その根っこで信じている考え方と正面からぶつかる。誰かの成功を「あの人が偉いからだ」と言い、誰かの失敗を「あの人がだめだからだ」と言う。どちらの言い方も、その人が自分の力で自分という人間を作りあげた、と信じているから出てくる。老人に言わせれば、それが思いこみなのだ。人は自分で自分を作ったつもりでいるが、ほんとうは、生まれや育ちや出会いによって、外から作られてきた。
ただ一つの動機 では、外の力に動かされる機械であるところの人間を、内側からたったひとつ突き動かしているものは何か。老人はそれを、自己承認と呼ぶ。自分で自分を認められること、心が安らぐこと。人はつねに、この安らぎを買おうとして動いている。老人はこれを、あらゆる衝動の底にある支配的情熱だと言う。人がどんなに気高くふるまうときも、根の動機はここにある、というのだ。
たとえば、と老人は例を挙げる。凍えるほど寒い日に、飢えた老婆に金を恵んでやった男がいる。青年はそれを、見返りを求めない純粋な親切だと言いたがる。だが老人はおだやかに崩していく。その男は、老婆を見捨てて立ち去ったら、あとで胸が痛んで眠れなくなる。その痛みを避け、自分の心を安らげるために恵んだのだ。「これで眠れる」──男はやはり、自分のことを考えていた。どんな善意の奥にも、自分を安心させたいという願いがひそんでいる。老人はさらに、召使いのジェーンにこまごまと腹を立てる例や、ふとした拍子にかんしゃくを起こす例を引きながら、日々のふるまいのすべてを、外からの刺激への反応として説いていく。この身も蓋もない見方を、難しい言葉では心理的利己主義と呼ぶ。人はけっきょく、自分の心の平安のためにしか動けない、という考え方だ。
青年は、では英雄の自己犠牲はどうなのか、と粘る。戦場で仲間をかばって死ぬ兵士すら、自分のためだと言うのか。老人は、まさにそうだと答える。その兵士は、仲間を見殺しにして生きのびた自分に、生涯耐えられない。その耐えがたさから逃れるために、身を投げ出すほうを選ぶ。行いはこの上なく気高い。それでも、その人を最後に動かしたのは、自分の心にそむけないという、内側の圧力なのだ。老人は善意の値打ちを貶めているのではない。ただ、その源が、外からの報酬ではなく内の安らぎにあることを、どこまでも指さしつづける。
訓練という救い 自由な意志がないのなら、人はいったいどう生きればいいのか。すべてが外の力で決まるのなら、努力も心がけも、はじめから無駄ではないか。青年ならずとも、そう言い返したくなる。ところが老人は、ここで意外なほどやわらかな出口をひらく。だからこそ、訓練なのだと言う。
人が外からの影響でできあがっていくのなら、その影響のほうを、良いものへ向けて積んでいけばいい。老人は青年に、理想を高いほうへ訓練せよ、とすすめる。自分の心を満たすと同時に、隣人や、まわりの人々や、共同体にも益となるような行いへ、日々おのれを仕向けていく。動機がどこまでも自己承認であることは、それでも変わらない。ならば、その自己承認が、自分ひとりだけでなく他人の役にも立つ方向で満たされるように、少しずつ自分を仕込んでいけばいい。老人はまた、荒くれた材木伐採のキャンプに流れ着いた説教者が、ひとつの言葉で場の空気を変え、男たちを動かしていった話もする。人を動かすのは、内から湧く自由な決意ではなく、外から届く働きかけの積み重ねなのだと説く。決定論の暗い底から、こんなに地に足のついた助言が出てくる。人間は機械かもしれない。それでも、良い機械になるよう、自分を手入れしていくことはできる。
これは、努力を励ますありふれた教えと、見た目は似ている。だが土台がまるで逆だ。ふつうの教えは、人には選ぶ自由がある、と背中を押す。老人は、選ぶ自由などない、と言い切ったうえで、それでも良い影響を浴びる場所へ自分を運んでおけ、と説く。自由の否定から出発して、それでも前を向いた助言にたどり着く。
屈しない青年 この本を、暗い決定論をふりかざす一方的な説教として片づけると、大事なところを取りこぼす。老人の理屈は最後まで一貫していて、青年はついにそれを論破できない。けれど青年は、けっして全面降伏はしない。老人の考えを認めきれないまま、こうつぶやく。この考えは、いまいましいほど面白い。魅力的で、抗いがたく、それでいて、素直にうなずくには身を切られるような話だ。
この宙づりが、本書の温度を決めている。もし青年が「なるほど、よくわかりました」と改心し、ひざまずいて終わるのなら、これは無慈悲な教義の勝利の記録になったろう。だが青年は、最後まで小さく抵抗しつづける。頭では反論できないのに、心のどこかが、うなずくのを拒む。この、割りきれずに残る抵抗そのものが、老人の完璧な理屈に、人間のぬくもりのようなものを一滴だけ落としている。トウェインは、青年を完全には負けさせなかった。頭では論破されても心のどこかが最後までうなずかない、その一点を残すことで、機械の理屈だけでは割りきれない何かを、本の中にとどめている。
匿名の遺書 なぜトウェインは、この本に自分の名を出さなかったのか。それを考えるには、この一冊が書かれた時期に目を向けたい。本名はサミュエル・ラングホーン・クレメンズ。1835年にミズーリ州で生まれ、ミシシッピ川べりの町ハンニバルで少年期を過ごした人だ。マーク・トウェインという筆名も、もとは川の水深が二尋あることを告げる船乗りの掛け声から来ている。その川の光を『トム・ソーヤーの冒険』に書いた人が、なぜ、と改めて思う。
1894年、トウェインが出資していた出版社が倒産する。自動で活字を組むペイジ植字機への多額の投資も実らず、彼は大きな借金を背負った。返済のため、老いた体で世界を回る講演旅行に出る。そのさなかの1896年、最愛の娘スージーが、髄膜炎で急に世を去った。24歳だった。さらに1904年には、長年つれそった妻オリヴィアを失う。『人間とは何か』の主要な部分が書かれたのは1898年ごろ。破産のあと、娘を失って二年ほどたった頃のことだ。
人間は機械で、手柄も罪もない──この身も蓋もない結論は、机の上の思弁から出てきたのではない。救えなかった娘の前で、自分をいつまでも責めつづけた父親が、その責め苦から降りるために手さぐりでつかんだ論理でもあったろう。もし人間がただの機械なら、娘を救えなかったことも、家族を貧しさに落としたことも、誰のせいでもない。自分を責める理由さえ、消えていく。本は1906年に、名前を伏せたまま、わずか250部の私家版として世に出された。生きているあいだ、トウェインはこれを自分の作だと明かさなかった。世間が知ったのは1910年、彼が世を去った2日後のことだ。ある新聞が、その匿名の本の書き手の名を告げた。いちばん人を笑わせた男が最後に残した暗い遺書は、こうして、本人がもう何も言えなくなってから、ようやく自分の名を得た。
おわりに 『人間とは何か』は、皮肉屋の毒づきとも、自由意志をめぐる思考実験とも、不幸に打ちのめされた老作家のぼやきとも読める。どれもまちがいではない。ただ、そのどれかひとつに決めてしまうと、この本の芯にあるものを見落とすことになる。
これは、人間の自由をめぐる決定論の書であり、あらゆる善意の底に自分への配慮を見てとる、心理的利己主義をどこまでも押しつめた書でもある。同じころのトウェインは、『不思議な少年』や、ある町をまるごと堕落させる金貨を描いた物語でも、人間のもろさをそっけない目で見つめていた。『人間とは何か』は、その暗い晩年のちょうど中心にあって、しかも匿名という形でしか世に出せなかった、彼の最も深い部分に眠っていた一冊だ。
この本は、人から誇りを奪うと同時に、罪も取り上げる。自分の力で成しとげたと思っていたことが、誇りでなくなる。その代わり、いつまでも自分を責めてきたことも、自分ひとりの罪ではなくなる。トウェインは、その二つを切り離さなかった。
人間がほんとうにただの機械なら、その歯車のどれも、責められるべきものではない。悪人も、弱い人も、そして、娘を救えなかった父親も。名を伏せてまでトウェインが行き着きたかったのは、この最後のひとりだったのではないか。人は機械にすぎない──そう言い切ることでしか下ろせない荷が、彼にはあったのかもしれない。
