『饗宴』プラトン — 「魂の片割れ」は、哲学の答えではなかった
はじめに
「魂の片割れ」という言葉がある。誰かを愛するとき、その人こそが自分の失われた半分だったのだ、という感覚を指す言葉として、今も広く使われる。映画の台詞にも、結婚式のスピーチにも、恋愛小説の見返しにも現れる。この言葉が初めて語られたのは、プラトンの『饗宴』——前416年のアテナイの宴席を舞台にした哲学的対話篇——の中で、喜劇詩人アリストファネスが演じた演説だった。
前416年、アテナイの悲劇詩人アガトンがコンクールで初優勝し、その翌日に友人たちを自宅に招いて宴を開いた。前夜の飲みすぎを反省した参加者たちは、その夜は節制して、代わりにエロス(愛・欲望)について語り合うことにした。ファイドロス、パウサニアス、医師エリュクシマコス、喜劇詩人アリストファネス、主人のアガトン、そして最後にソクラテスが順に演説し、宴の終盤に酔ったアルキビアデスが乱入してくる。
「魂の片割れ」だけを切り取ってこの書を読み終えた気になるとしたら、いちばん鋭い部分を見落としている。アリストファネスが語った球形人間の神話と、ソクラテスが女性賢者ディオティマから学んだ「エロスの梯子」は、真正面から矛盾する。愛とは「あの人でなければならない」という切実さなのか。それとも、あの人をきっかけにして、より大きな美へと昇っていく道なのか。プラトンはその矛盾を解消しないまま書いた。一冊の書物の中に、和解しない二つの愛の定義が共存している。
1. プラトンという人——ソクラテスの死を見た哲学者
プラトンは前428年か427年、アテナイの有力な家系に生まれた。20代の半ば頃からソクラテスに傾倒し、その問答の場に立ち会い始めた。街角で見知らぬ人々に問いを向け、知っているつもりの前提を崩していくソクラテスの対話は、当時のアテナイで広く知られていた。賞賛する者もいれば、不快に思う者もいた。
前399年、ソクラテスは「神々を冒涜し、若者を堕落させた」という罪状で告発される。陪審員500人による多数決で有罪が決まり、死刑が宣告された。ソクラテスは脱走の機会を断り、友人たちに囲まれながら毒杯を飲んで死んだ。プラトンはその場に立ち会えなかったとも言われる。病気だったという記述がある。
師の死はプラトンに哲学の義務を課した。ソクラテスは何も書かなかった。残ったのは、問いと、問いに動揺した人々の記憶だけだった。プラトンは師の死後、対話篇という形式でその思考を書き残し始める。ソクラテスを主人公にして、さまざまな問いを哲学的な論争として再構成した。実際の会話の記録ではなく、哲学的思考の演出として。プラトンが対話篇という形式を選んだことには、師を語ることと自分が考えることの境界を曖昧にするという効果があった。
前387年頃、プラトンはアテナイ郊外のアカデメイアに学校を設立した。哲学・数学・音楽・天文を教え、後のアリストテレスもここで学んだ。プラトンは前348年か347年に亡くなるまで、この場所で思想を深め続けた。
『饗宴』が書かれたのは前380年代の初め頃と推定されている。ソクラテスが死んでから約20年後、プラトンが40代に差し掛かるころのことだ。作品の中の設定は前416年、ソクラテスが存命だった頃の宴の夜だ。プラトンが20年以上経ってこの夜を書いたという事実は、この書が「記録」でなく「思考」であることを示している。実際にあの夜どんな演説がなされたかではなく、愛とは何かを考え続けた哲学者が、一つの夜の形を借りて書き記したものだ。
2. 前416年の夜——7人の演説と、その構造
アガトンの家での宴に集まった顔ぶれは、それぞれの立場を代表している。医師、喜劇詩人、悲劇詩人、政治家、哲学者。エロスについて語る人間の数だけ、愛の定義が変わる。
最初に語るファイドロスは、エロスを最古の神として讃え、愛する者と愛される者の双方に勇気をもたらすと言う。アルケスティスは夫の代わりに死を引き受けた。アキレウスは愛する友パトロクロスの仇を討つために、自らの死を承知で戦場に立った。愛が人を英雄にする、という主張だ。
パウサニアスは「二種類のエロス」を区別する。天上のエロスは精神的・教育的な愛であり、通俗的なエロスは肉体的な快楽を求めるにすぎない。前者だけが真に価値を持つと言う。医師エリュクシマコスは愛をさらに宇宙的な原理に拡張し、調和と不調和の統御者として論じる。
そうした演説の流れの中で、本来はエリュクシマコスより先に語るはずだったアリストファネスが、しゃっくりが止まらなくなってしまう。そこで順番を入れ替え、医師のエリュクシマコスが先に語り、その合間にしゃっくりの治し方を教える。しゃっくりが治まったころ、ようやくアリストファネスに番が回ってくる。喜劇詩人は、誰よりも大きく外れた角度から語り始める。
3. アリストファネスの神話——切り裂かれた球形の人間
原初の人間は球形だった。頭が二つ、腕が四本、足が四本あり、今の人間の二人分がひとつに合わさったものだった。男と男、女と女、男と女という三種類の組み合わせがあった。力が強く、体も大きく、神々への反逆を企てるほど傲慢だった。ゼウスはこれを罰するために、球形の人間たちを二つに切り裂いた。アポロンが傷口を整え、切り口がちょうど今の臍のあたりになった。
切り裂かれた人間たちは、失われたもう半分を探し求めた。出会ったとき二人は抱き合って離れない。このままずっとくっついていたいと願いながら、一緒にいることしか望まない——それが愛の正体だ、とアリストファネスは語る。
この神話には愛の多様性がすでに組み込まれている。元の球形が男と男の組み合わせだった者は男を愛する男になり、女と女だった者は女を愛する女になる。男と女の組み合わせだった者が異性を愛する。喜劇詩人らしい大胆さで、愛の形の違いを切り裂かれた球体の種類として説明した。
この神話の核心は、愛の指向性にある。愛は「この人」でなければならない。切り離された「もう半分」はこの世にただ一人存在する。それを探し続けることが人間の根本的な欲求だ。アリストファネスの愛は、徹底的に個別的だ。「この人」への愛は代替できない。「もう半分」は他の誰かで代わりにはならない。
「魂の片割れ」という言葉が今も生きているのは、この神話の感覚が正確だからだと思う。誰かを愛するとき、その人が特別であることの理由を言葉にするのはむずかしい。顔でも性格でもなく、何かもっと根源的なところで「この人だ」と感じる——その感覚に、アリストファネスの神話は形を与えた。「もともと一つだったから」という説明は、愛の非論理性を肯定する詩的な正当化だ。
4. ディオティマの梯子——誰かを踏み台にして昇る愛
ソクラテスは自分でエロスを讃える演説をするかわりに、かつてマンティネイアの賢者女性ディオティマから学んだことを語る、という形式をとる。ディオティマは作中に姿を現さない。ソクラテスが「私が教わったのはこういうことだ」と伝えるだけだ。実在の人物かどうかも不明で、プラトンが創った哲学的な声の持ち主かもしれない。
ディオティマの教えによれば、エロスは美と善の永遠の所有を求める欲求だ。そしてエロスが導く旅には、段階がある。「エロスの梯子」と呼ばれる上昇だ。
まず、一人の美しい身体を愛するところから始まる。その愛の中で、美しさとは何かを考えるようになる。一つの美しい身体だけを愛するのではなく、すべての美しい身体に共通する美しさを見るようになる。次に、身体の美しさよりも魂の美しさのほうが本質的だと気づく。美しい魂を持つ人間が行う美しい行為、そして知識や学問の美しさへと目が開かれる。そして最終的に——「美そのもの」が現れる。
「美そのもの」はプラトンの哲学で言うイデアだ。この世界の具体的な美しいものは、すべてこの「美そのもの」を不完全に分有しているにすぎない。本当の美しさは個別の形をとらない。常に存在し、生まれることも滅することもなく、増えることも減ることもない。それを直接見たとき、人は「本当の意味での美しいものを生みだす」ことができる——ディオティマはソクラテスにそう語ったとされる。
梯子の構造を見ると、何かが浮かび上がる。最初の段は「美しい身体」——つまり具体的な誰かだ。その誰かへの愛が、梯子を昇るための最初の一歩だ。しかし昇り続けるほど、その「誰か」は遠ざかる。美しい身体から「すべての美しい身体」へと抽象化が始まり、身体から魂へと視点が移り、最終的には「美そのもの」に到達する。
アリストファネスが「あの人でなければならない」と言ったところで、ディオティマは「あの人は入口にすぎない」と言う。愛は具体的な誰かから始まるが、その誰かはやがて超えていく対象になる。梯子を昇り切ったとき、最初の一段——あの美しい身体、あの「もう半分」——はもうそこにない。
プラトンはこの梯子を否定していない。むしろ哲学的な愛の完成として提示している。だとすれば、ディオティマの教えは「誰かへの愛を完成させると、その誰かを置き去りにする」という構造を含んでいる。愛の成熟が、最初に愛した人からの出発になる。
5. アルキビアデスの告白——愛を受け取らなかった夜
ソクラテスの演説が終わったとき、酔ったアルキビアデスが戸口に現れた。当時のアテナイで最も輝かしい名声を持つ政治家・軍人だった彼は、エロスについて語る代わりに、ソクラテスを讃える演説を始めた。
アルキビアデスはソクラテスに惹かれていた。ソクラテスの外見は醜かった。鼻が低く、目が飛び出ていて、腹が出ていた。しかし中身は、誰より豊かなものを蔵していた。アルキビアデスはその中身に触れたくて、ある夜ソクラテスと二人きりになる機会を作り、一緒の毛布の中で夜を過ごした。
翌朝、何もなかった。ソクラテスは彼の愛を受け取らなかった。
アルキビアデスはこれを「アルテミスの兄弟の手から起き上がったよりも清潔に起き上がった」と表現した。自分の美しさでも、財産でも、地位でも、ソクラテスを動かすことができなかった。アルキビアデスはその屈辱と敬意を混ぜながら宴の場で語る。ソクラテスは並外れて我慢強い男でもあった。冬の陣中では、凍える寒さの中を裸足で平気で歩き、酒の席では、どれだけ飲んでも一人だけ酔わなかった。そして戦場では誰よりも勇敢だった。アルキビアデス自身が負傷したとき、ソクラテスは彼をかばって命を救った。軍が敗走するときも、ソクラテスだけは慌てず、落ち着いた足どりで退いていったという。
なぜソクラテスはアルキビアデスを受け取らなかったのか。ディオティマの梯子を思えば、一つの読み方がある。ソクラテスはすでに梯子の上のほうにいた。「美しい身体」の段は踏み終えていた。アルキビアデスの美しさは、その最初の一段に見えたかもしれない。すでに昇り終えた段を、もう一度踏む必要はない。
ただ、プラトンはソクラテスにその説明をさせない。アルキビアデスの告白の後、宴はそのまま続いた。夜が明けるにつれ多くの参加者が眠り込んでいき、ソクラテスだけが酔いもせず夜明けにひとりで立ち去った。アカデメイアで一日の仕事を始めるために。何を考えていたかは書かれていない。
アルキビアデスは梯子の最初の段になることを拒んだのか、それとも梯子という発想そのものを受け入れられなかったのか。彼が「もう半分」を求めていたとしたら、ソクラテスにとってのアルキビアデスは「もう半分」ではなかったことになる。どちらが正しい愛の形かを、プラトンは宴の夜に問いとして残した。
おわりに
「魂の片割れ」という神話と、「梯子の上昇」という教えは、同じ夜に語られた。アリストファネスは「あの人でなければならない」と言い、ディオティマは「あの人は入口にすぎない」と言った。プラトンはどちらかを正解として選ばなかった。
球形の人間が切り裂かれてから探し続けているという神話には、愛の切実さが宿っている。「この人だ」という感覚の正確さ、代わりがきかないという確信、それを神話の形で掴んだアリストファネスの直観には、哲学的な演説より長く生き残るものがある。「魂の片割れ」という言葉は今も使われている。
しかしディオティマの梯子は、まったく別の方向を指している。その切実さは、昇っていくための最初の一段にすぎない。昇り続けるほど、切実さは形を変えていく。最終的に「美そのもの」を見るとき、最初に愛した人の顔はどこにあるのか。
どちらが本当のことを言っているかを、この書は決めていない。アリストファネスが喜劇詩人として語った神話を、プラトンは笑い話として扱わなかった。ソクラテスの言葉を完全な正答として位置づけることもしなかった。対話篇という形式は、答えを決めないための形式でもある。
プラトンが前416年の夜を書いたのは、その夜から20年近くたった後のことだった。ソクラテスはもう死んでいた。宴の参加者たちも、多くは亡くなっていたか散り散りになっていた。それでも、ある夜に愛について語った声の記録を、プラトンは書き残した。
夜明けにひとりで立ち去ったソクラテスの背中を、プラトンは書かずに残した。ソクラテスは、すでに梯子を昇りきって、特定の誰かを必要としなくなっていたのか。それとも、そもそも探し求めるべき「もう半分」を持たない人間だったのか。あるいは、そのどちらでもない何かだったのか。プラトンは最後まで書かなかった。
