G-0C41NE8DJB 『春宵十話』岡潔 — 数学の底にある、あたたかいもの|亀吉の呟き
亀吉の書評

『春宵十話』岡潔 — 数学の底にある、あたたかいもの

『春宵十話』岡潔 — 数学の底にある、あたたかいもの
yoshiomi

数学は、この世で一番冷徹なものの一つとして扱われてきた。答えが一つに決まり、感情の入り込む隙のない世界。正しいか、間違っているか、それだけがある場所として。ところがその最前線に、誰よりも長く、誰よりも深くいた当人がいた。晩年の一冊で指してみせたのは論理ではなく、情緒であった。人の中心にあるのは情緒であり、その情緒こそが数学をも成り立たせている——本書が終始語っているのは、その思考の転換である。

著者は岡潔。世界の数学者が誰も手をつけられなかった大難問を、二十年ほどかけて、ほとんど独りで解ききった人物である。冷徹な世界の深部まで行った男が、帰ってきて指さしたのは論理の底にあるものだった。本書は、その指の向きの記録である。だから、まずはこの男の中身に潜っていきたいと思う。その指が誰から伸びているのかで、その先の意味が変わってくるからだ。

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岡潔という人物

岡潔は、多変数の函数論という分野の数学者だった。名前だけ聞いてもぴんと来ないが、要は、当時の世界の第一線が総がかりでも歯が立たなかった難問がいくつも残されていた領域である。その難問を、岡潔は、大学の恵まれた研究室に守られてというより、地方でときに職を離れ、暮らしの不如意を抱えながら、二十年近い歳月をかけてほとんど独力で解いていった。一つの問いに、これほど長く、ひとりきりで向き合いつづけられる人がいるのかと後の数学者たちが驚くほどの集中だったという。

研究としての数学は、一般的に大勢で検算しあい、少しずつ前へ進める営みだと思われている。だが岡潔が行った数学は、ほとんどその逆に近い。誰も解けなかった問いの前にたった一人で立ちつづけ、来る年も来る年もそこから離れなかった。成果が世界に認められるまでの長い時間、手ごたえの多くは自分の内側にしかなかったはずだろう。外から与えられる正解の合図がないまま、それでも「こちらだ」と信じて進める何かが、この男の中で働いていた。その何かの正体を、岡潔は後に情緒と呼ぶことになる。

生まれは大阪だが、幼くして父母の郷里である和歌山の山あいの村に移り、少年期のほとんどをそこで過ごしている。地元の中学から旧制の高等学校を経て、京都の大学で数学を修めた。若い日にフランスへ渡り、その滞在のあいだに、生涯をかけて挑む相手をこの難問に定めている。帰国してからは地方の大学で長く教え、のちに文化勲章を受けた。数学の仕事だけでも、充分に名の残る人である。

ただ、岡潔を普通の数学者と分けているのは、その仕事の傍らにずっとあったものだ。芭蕉を深く読み、仏教に親しみ、道元の言葉を手元から離さなかった。数学の最前線を歩きながら、この男は生涯、数とはまったく別の言葉でも世界にふれつづけていた。片方の手で世界で一番抽象的な問いを握り、もう片方の手で季節や花や古い詩をつかんでいた。本書に流れているのは、その二つの水脈が、晩年になって一本に合わさった声である。その声で語られる本書の言葉は、数学者のものにしては情がこまやかであり、随筆にしては芯が硬いものになっている。

本書のあるところ

本書は、数学の専門論文ではない。岡潔が自ら机に向かって書き下ろしたものでもない。地方の新聞社の記者にくり返し勧められて岡潔が語り、それを筆記してもらう形で新聞に連載された随筆である。表題は、はじめに語られた十の話からとられている。声に出して語られ、人の手で書きとめられた——この成り立ちそのものが、本書の立ち位置を決めている。語りは数学の発見の話からはじまる。そこから子どものころの野山のこと、いまの教育への危ぶみ、芭蕉や道元への随想へと話題は自在に移っていく。ばらばらに見える断章が、情緒という一語で、ひそかに束ねられている。

読んでいくと、たしかに文章が机の上で練り上げられたものというより、目の前の相手に向かって話しているような呼吸をしていることが分かる。理屈が枝分かれし、脱線し、また戻ってくる。その揺れが、岡潔本人の息づかいまで伝えてくる。その息づかいの中に岡が本当に大事にしていたものが残っている。

難問を独りで解いた男が、その解き方の理屈を他人に説くのではない。数学の研究の中でもたらされる発見という出来事が、自分の内側でどんなふうに起きるのかを、数学者ではない我々に向けて表現してみせた。数学者の内面が、これほど普通の言葉で外に出された例は、そう多くないだろう。難しい式を並べるかわりに、一番奥でその式を生み出した心の動きを、岡潔はここに書いている。岡潔の名を、数学を知らない人にまで届けたのは、分厚い論文のほうではない。この語りのほうだった。岡潔の思想をもっとも広く世に伝えた代表作が、本書である。

人の中心にあるもの

本書の芯にあるのは、一つの言い切りである。人の中心にあるのは、知性でも論理でもない。情緒だ。岡潔はそう述べる。ここからが本書の岡潔らしさなのだが、その情緒は数学の外側にぶら下がった飾りではない。数学そのものを成り立たせている当のものが、情緒だと言うのである。

発見は、理屈を一段ずつ積み上げた先に、努力の報酬のように落ちてくるものではない。まず情が動く、と言う。何かが「わかりたい」と疼き、その方向へ心がひとりでに傾いてはじめて、論理があとを追いかけて道を作りはじめる。論理が情を導くのではなく、情が動いたあとを論理がなぞる。数学という、一番理屈でできていそうな営みの底にも、この関係が流れていると岡潔は言う。かたく組まれた理屈の下に、あたたかい向きが流れている。数える手が動くより前に、心はもうそちらを向いているのだ。

考えてみれば、我々にとっても心当たりのないことではない。人生の中で難しい困難に立ち向かうとき、解ける理由をまだ言葉にできないのに、なぜか「ここが糸口だ」と感じることがある。あの心の動きのほうが先にあって、方法はいつも後から追いついてくる。岡潔が言っているのは、あの先立つ感じを、数学の最前線でも同じように経験したということだ。世界の難問の前でさえ、最初に動いていたのは計算ではない。こちらへ来い、と呼ぶ何かのほうだった。

この見方に立つと、数学がぐっと近いものに見えてくる。誰の中にも、まだうまく言葉にならない「わかりたい」が動く瞬間はある。その小さな疼きと、世界の難問に向かう数学者の疼きは、大きさこそ違えど同じ一本の線の上にあるらしい。岡潔にとって数学は、人から遠くはなれた特別な才能の世界というより、誰もが持っているその情の動きを一番遠くまで延ばした先にあるものだった。感じる力と考える力は、別々に立てられた二つの能力というより、一本の流れの上流と下流のようなものなのだ。

天才の余技ではない

本書のこういう類の話は、しばしば、優れた数学者が余生に語った文化談義として受け取られる。数学の世界で大きな仕事をやり終えた人が、あとは肩の力を抜いて芸術や教育を語った——そう読めば、害のないおだやかな随筆になる。けれど、そう読むと、本書の一番大事なところを取りこぼすことになる。

岡潔の情緒論は、数学を終えたあとの余技ではない。数学を解いている、まさにその現場から立ち上がってきた数学観そのものだ。どうすれば難問が解けるのかという、当人にとって最も切実だった問いに岡潔自身が出した答えが「情緒が先だ」であった。だから本書で語られる情緒は、数学の隣にある別ジャンルの話ではなく、数学の内側の思考の構造にかかわる話である。自分の本職の、一番深いところの仕組みを打ち明けている。余技として気楽に読むと、おだやかな話しぶりの底にある、彼の息づかいを見落とすことになる。

論理の置き場

もう一つ、正反対の方向へ縮められることもある。岡潔は論理を否定して理屈より感覚を、頭より心をと説いた人だ——という読み方である。これも、本書の指の向きとは異なっている。

岡は、論理を捨ててなどいない。むしろ、この地上の誰よりも長く、論理と向き合ってきた人物である。その岡潔が言っているのは、論理を最初に動かしている、さらに深いところの力があるということだ。情緒は、論理の敵ではなく、論理を一番先に動かす源のほうである。水源を大切にせよと言う者が、その先を流れていく川をないがしろにするはずがない。理屈を軽んじる話としてこれを読むのは、水源だけ見て川を忘れるようなものだ。岡が指しているのは、感覚か論理かという二択ではなく、そのどちらが先に動くのかという一点の方である。先と後の話を、優劣の話に読みかえてはいけない。

古い精神論の説教か

情緒、情操——こういう言葉が並ぶと、古めかしい精神論の匂いを嗅ぎ取る人もいる。床の間に掛かった訓話、良き時代を懐かしむ日本人論、そういうものへの警戒である。その警戒そのものは、まっとうなのかもしれない。中身のない精神論は、たしかにいくらでも書店に並んでいる。ただ、本書はその棚には並んでいない。

本書の言葉は、書斎で年老いた学者の説教から出たのではない。世界の最前線をたった一人で切りひらいた男が、身をもってくぐり抜けた実感から出ている。情緒を育てよという岡潔の言葉に重さがあるのは、それが道徳の上からの要請ではなく、発見という具体的な仕事の内側からの報告だからだ。実際にそれで解いてきた本人が、解けた理由をふり返って言っている。数学というごまかしの利かない場所で結果を出しているぶん、この言葉は精神論より報告書と言ってもいいかもしれない。訓話として遠ざけてしまうと、本書の一番実証的な部分を、精神論と一緒に捨てることになる。

教育と情操

情が先に動く、という見方は、そのまま教育論へと流れ込んでいく。知識を先に詰め込むより、まず情操を育てることだと岡潔は説く。自然にふれること、芭蕉のような詩にふれること、美しいものにまっすぐ心を動かすこと。数学にとっても、数そのものを教えこむ前に、感じる力のほうを育てておく。そうでなければ、数学すら本当のところは理解できない、と言うのだ。

ここは、いまの学校の物差しからは外れて見える。知識を測る尺度の上に、情操は乗らないからだ。だが、数学という宇宙を独力で二十年かけて探索した当人が、その入口に置いたのは数ではなく感じる力のほうだった。何のために、ではない。順序として、そちらが先だと言っている。感じる力を育てておかないと、いざ論理を動かそうとしても、それを最初に押し出す情のほうが痩せてしまうというのだ。この順序を、古い人の口ぐせとして軽く飛ばさないほうがいい。飛ばした先に、本書の一番切実な忠告が残されている。急いで詰め込んだだけの知識は、いざというときに、それを動かす力までは連れてこない。動かすのは、その下で耕された感じる心のほうだからだ。

数える前に感じていること

本書を通り抜けて残るのは、大きな主張の記憶ではない。もっと奥の、小さな先立ちの感覚である。何かがわかるとき、いつも理屈が先頭に立っているわけではない。わかりたい、という情のほうが、たいてい半歩だけ先に動いている。数える前に既に感じている。その一瞬の先立ちを、岡潔はこの本の中で、様々な角度から指しつづけている。

一番冷酷な場所の深くまで潜った男が、帰ってきて指したのは、その半歩だった。論理を極めた末に、論理の底を指し返す。この向きにこそ、本書の意味の多くがある。正しく考えているはずなのに、どこかうまくいかない。面白くもない。そう感じることがあるとしたら、足りないのは論理の精度ではなく、その奥で先に動くはずのもののほうなのかもしれない。考えるより先に、感じておくこと。

岡潔が数学の底で見つけたのは、論理ではなかった。論理で固められている奥に、あたたかいものがあった。その驚きが、この本を語らせている。情が半歩だけ先に動く。生涯をかけて岡潔が確かめたのは、それだけのことだったのかもしれない。そしてその半歩は、数学者だけのものではない。

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こんにちは。亀吉です。 仕事の合間にブログを書いています。 このブログは、どこまでも個人的で恣意的な思想の表明です。思うままに・・・ 映画と本が好きです。その他音楽や登山など。
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