『風姿花伝』世阿弥 — 花とは、珍しさのことだった
はじめに
十二、三歳の子どもが、舞台に立っている。声はまだ高く澄み、身のこなしに余計な力がない。ただそれだけで、客席が身を乗り出す。うまいから、ではない。その年ごろの子がそこで舞っている、というだけで、目を離せなくなる。
六百年ほど前、この「目を離せなくなる何か」に、世阿弥は「花」という名前を与えた。世阿弥は室町のはじめ、父・観阿弥とともに猿楽、のちの能を大成させた役者であり、作者でもある。『風姿花伝』は、その世阿弥が、父の遺した教えを土台に書きとめた芸の書だ。世阿弥が生涯に残した多くの伝書のうち、いちばん早い時期のものであり、日本に伝わる演劇論のなかでも最も古いものに数えられる。書かれたのは十五世紀のはじめ、最初の三篇がまとまってから、残りが書き継がれるまでに二十年ほどの時が流れている。
花、と聞けば、才能の輝きや、磨き上げられた美しさを思い浮かべる。けれど世阿弥のいう花は、そのどれとも少しずれている。うまくなった果てにあるものでも、若さそのものでもない。読み進めるほどに、花の正体は、意外なほど素気ない一語へと行き着く。珍しさ、である。
この本は、能の役者に向けて書かれた実技の秘伝だ。それでも、六百年をへだてて読むと、舞台のことだけを言っているとは思えなくなる瞬間がある。若さで人を惹きつけた時期が過ぎ、次の花をどこに探せばいいのか分からなくなる。うまくやれているのに、どこかで見飽きられていく。そういう身に覚えのある心もとなさに、世阿弥の花の話は、思いがけない角度から触れてくる。
花という言葉のずれ
世阿弥は『風姿花伝』の奥まった巻で、花について踏み込んで書いている。花とは、面白きこと、珍しきこと、この三つは同じ心なのだ、と世阿弥は記す。草木の花が四季それぞれの時季に咲くのは、その時季を得て珍しいから、人がもてはやす。舞台も同じで、観る者の心に「珍しい」と映るところが、そのまま「面白い」と感じられる心になる。
つまり花は、役者の側に備わった美質の名前ではない。観ている人の心に生まれる「おや」という驚き、その新鮮さのことを指している。だから、どんなに技が高くても、客がその技をすっかり見慣れてしまえば、花は消える。逆に、たいした趣向でなくても、相手の予期をひとつ外せば、そこに花が咲く。同じ演目、同じ役者でも、ある夜は花があり、別の夜には褪せている。その差は、うまさの差ではなく、珍しさが立ったかどうかの差だ。
これは、才能や努力の物差しに慣れた耳には、すわりが悪い。上手であること、完成していることを、私たちはそのまま価値だと思いがちだ。世阿弥は、その手前で立ち止まる。上手さは花を生む条件のひとつではあっても、花そのものではない。花は、相手がまだ知らない、というただ一点から立ちのぼる。だから、うまくなればなるほど花に近づく、という単純な道ではない。うまくなった果てに、見慣れられて花を失う役者を、世阿弥は数多く見てきた。世阿弥が見ていたのは、上手いか下手かではなく、珍しいか見飽きられたか、という別の物差しだった。この物差しを一度手にすると、舞台の見え方が変わる。名人の芸が褪せる夜もあれば、無名の役者に花が立つ夜もある。うまさだけでは説明のつかないその揺れを、世阿弥は珍しさという一語で束ねてみせた。
ものまねという土台
花がどれほど珍しさの問題だとしても、それは何もないところから立つわけではない。『風姿花伝』は、花を語る前に、まず「物学」、つまりものまねの条々に紙数を割いている。女を演じ、老人を演じ、武士を演じる。そのそれぞれで、どこまで対象に成りきるかを、世阿弥は細かく説く。女ならば、なよやかな姿を骨の芯まで身につけよ。老人ならば、腰や膝の衰えだけを真似て若い心を捨てるな。演じ分けの土台がなければ、そもそも舞台に立てない。
けれど、成りきることが花に直結するわけではない。似せることを突きつめても、それだけでは、人の心はそう長くとどまらない。ここに世阿弥の面白さがある。技を磨き、対象に成りきる稽古は必要だ。必要だが、それは花を咲かせるための地面であって、花そのものではない。地面をどれほど固めても、花が咲くとはかぎらない。似せる稽古を怠れば、そもそも珍しさを載せる土台がない。逆に、似せることに溺れれば、そこで足が止まる。世阿弥は、そのどちらの落とし穴も見ていた。
だからこそ、まことの役者は、成りきったうえで、なお相手の予期を外す余地を残している。似ていることに驚きはない。似ているのに、思いがけないところで一歩ふみ外す。その一歩に、観る者は身を乗り出す。ものまねの完成度は、花を咲かせるための最低条件でありながら、完成度そのものが花を保証しない。世阿弥は、技術を軽んじたのではなく、技術の先に別の階段があることを見ていた。
時分の花
若い役者には、若いというだけで咲く花がある。世阿弥はこれを「時分の花」と呼んだ。時分、つまりその時季の花。十二、三歳のころの姿や声の美しさは、稽古の深さとは関わりなく、年ごろそのものが咲かせている。舞台に出れば、それだけで場が華やぐ。何をしても愛らしく、どんな役もそれなりに映る。
けれど、と世阿弥は釘を刺す。これを自分の実力だと思い込むと、役者は道を誤る。時分の花は、時季が過ぎれば散る。声変わりが来て、身体が大人のものになれば、あれほど人を惹きつけた華やぎは、跡形もなく消える。若いころに評判を取った者ほど、その花が自分のものだと錯覚して、稽古をゆるめてしまう。花が咲いているあいだに根を張っておかないと、時季が過ぎたとき、手のなかには何も残らない。若い盛りに人がもてはやすのは、その役者の芸ではなく、若さそのものだ。その声を実力と取り違えた役者は、稽古の手をゆるめる。だから世阿弥は、若い役者ほど、いま自分に咲いている花を疑えと説く。今の華やぎがどこから来ているのかを、履き違えるなというのだ。
この観察は、舞台の外にも届く。若さや勢いで一度は認められた人が、その時季が過ぎたあとで、次の花をどこに探せばいいのか分からなくなる。時分の花は、借りものだった。借りものだと気づかないまま年を取ると、かつて咲いていた場所の記憶だけが胸に残る。世阿弥は、その心もとなさを、なだめもせず、脅しもせず、ただ書きとめている。若い花は必ず散る、と言い切るところに、この本の乾いた強さがある。
まことの花
では、散らない花はあるのか。世阿弥は、ある、と答える。それを「まことの花」と呼ぶ。時分の花が年ごろに与えられた借りものだとすれば、まことの花は、長い稽古の果てにようやく自分のものになった花だ。姿や声が衰えても散らない、その人だけが咲かせられる花のことである。
まことの花は、若い盛りのやり方をそのまま続けても手に入らない。身体は年々変わっていく。二十代には二十代の、四十を過ぎれば過ぎたなりの、老いれば老いたなりの花がある。『風姿花伝』のはじめの巻は、七歳から始まる稽古の心得を、年齢を追って書き連ねている。これは達成の予定表ではない。年ごとに、花の在り処が移っていくということを、身体の変化に沿って見届けた記録だ。若さの花を失った役者が、次にどこで花を咲かせ直すのか、その移りかわりを、世阿弥は一段ずつたどっていく。年ごとに稽古の心得が変わるのは、身体が変わるからだ。声も、足腰も、目の力も、若い日と同じではいられない。同じ咲かせ方に固執すれば、変わっていく身体と、変わらない芸のあいだに、埋めがたい隔たりが生まれる。まことの花を持つ役者は、その隔たりを察して、身体が動くほうへ芸のかたちを作りかえていく。
だから、まことの花を持つ役者は、どこかで一度、若いころの花を手放している。人を惹きつけていたやり方を、身体が変わるたびに捨て、そのつど別の咲かせ方を見つけ直す。捨てられない者は、時分の花の記憶にしがみついたまま、古びていく。まことの花とは、咲かせ方を更新しつづけられる者にだけ、最後に残る花だった。年老いた役者の、枯れた身体に咲く一輪こそ、世阿弥がいちばん重く見た花である。
住する所なき
花が更新されつづけるものだとすれば、花の本体は、一箇所に留まらないことそのものにある。世阿弥は、これをはっきり書いている。能というものは、住する所なきを、まず花と知るべし、と世阿弥は言う。住する所なき。ひとところに定まって留まらない、ということだ。ひとつの芸態にとどまらず、別の芸態へ移っていくから、観る者にとって珍しい。
なぜ花は珍しいのか。世阿弥の答えは、散るからだ、というものだった。散らずに咲きつづける花などない。散るからこそ、また咲く時季がめぐってきて、その時に珍しく感じられる。もし一年じゅう同じ花が咲きっぱなしなら、人はそれを珍しいとは思わない。移り変わり、いったん失われ、また巡ってくる。その循環のなかにしか、珍しさは宿らない。花の命は、咲いていることよりも、散ってまた咲く、その巡りのほうにある。
役者にとってこれは、同じ演じ方を続けてはいけない、という戒めになる。得意の型を繰り返せば、はじめは喜ばれても、やがて見慣れられ、花は褪せる。だから、あえて別の風体へ移る。飽きられる前に、相手の予期の外へ出る。花を保つとは、ひとつの完成した形を守ることではなく、留まらずに動きつづけることだった。完成に腰を据えた瞬間に、花はしぼみはじめる。留まらないことだけが、花を長く保つ。
秘すれば花
『風姿花伝』の最も奥の巻に、いちばん知られた一句がある。秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず。隠すからこそ花になるのであって、隠さなければ花ではありえない、という意味だ。世阿弥が芸の秘伝として書き残した言葉である。
なぜ隠すことが花になるのか。花の正体が珍しさである以上、答えははっきりしている。手の内を明かせば、相手はもう驚かない。予期できてしまえば、そこに珍しさは生まれず、花は散る。名人がひとつの妙手を持っているとして、それを「これから珍しいことをします」と告げてから見せれば、どれほどの技でも、ただの段取りになる。告げずに、思いがけない時に出すからこそ、観る者の心が動く。隠すのは、驚きの取り分を相手のために残しておくことだ。隠すというのは、ただ黙っていることではない。何か隠しているらしい、と気取られただけでも、相手は身構え、驚く構えを先にほどいてしまう。伏せていると悟らせないまま、思いがけない時に出す。そこまでして、はじめて珍しさは満ちる。
これは、けちや出し惜しみの話ではない。相手のなかに驚きを咲かせるために、こちらは手の内を伏せておく。舞台の上でいちばん効くものは、見せる寸前まで見せない。すべてを説明したがる時代のなかで、この古い作法は、妙に新しく響く。分かりやすく開陳することが誠実さだと思われがちな今、世阿弥はむしろ逆を説く。いちばん良いものは、明かさずにとっておけ、というのだ。伏せておくことが、けちなのではなく、花を咲かせるための最後のひと仕事なのである。
芸の書を人生訓にしない
こう読んでくると、『風姿花伝』を人生の教科書として要約したくなる。留まるな、更新しつづけろ、手の内を隠せ。そうやって箇条書きにした瞬間、この本の芯は逃げていく。世阿弥が書いていたのは、あくまで舞台の上の花のことだ。人が飽きられずに生き延びるための処世術でも、成功しつづけるための技術でもない。芸が観る者の心に何を起こすか、その一点をひたすら見つめた書である。芸から離れて格言だけを取り出すと、残るのは薄い教訓になる。
世阿弥の言葉として広く知られる「初心忘るべからず」は、実は『風姿花伝』の一句ではない。あれは世阿弥が後年に記した別の伝書、『花鏡』に出てくる言葉だ。同じく有名な「離見の見」も『花鏡』のほうにある。『風姿花伝』を開いて初心の教えを探すと、期待とは少しずれる。けれど、そのずれの先に待っているものは、初心の格言よりも、ずっと面白い。
その面白さは、花を才能や年輪の物語に回収させないところにある。若さで咲く花は借りもので、やがて散る。散るから、また別の花を咲かせ直す。咲かせ方を更新しつづける者にだけ、まことの花が残る。そして、その花をいちばん高く咲かせるのは、手の内を伏せておいたときだ。教訓に畳んでしまえば平凡に見えるこの流れは、生身の役者が客の前に立つ場では、今も動いている。畳めないからこそ、六百年のあいだ読み継がれてきた。
おわりに
花とは、珍しさのことだった。人を惹きつける力の名前でありながら、その力は役者の熟達のなかに仕舞われているのではなく、観ている人の心に生まれる驚きのほうに宿っている。だから役者は、自分の花を、自分だけでは持ちきれない。相手が「珍しい」と感じてくれて、はじめて花は咲く。花の在り処は、いつも自分の少し外側にある。
世阿弥は六十を過ぎてもなお、能の書を書き継いだ。若き日に将軍・足利義満の目にとまり、時分の花で世を沸かせた少年は、その花が借りものだと、誰よりも早く知っていた。だからこそ、散っては咲き直す長い道のりを、七歳の稽古から老後の芸まで、一冊に書き残せた。その花を保つ最後の秘訣を、世阿弥はこう書きとめた——いちばん良いものは、隠しておけ。
明かせば散り、伏せておけば咲く。いちばん良いものを、見せる寸前まで見せずにとっておく。六百年前に書かれたこの教えは、手の内をすべて開いて見せることに慣れた今の目には、古びるどころか、かえって新しく映る。珍しさは、まだ相手が知らない、という一点にしか宿らない。だから世阿弥は、その一点を、生涯うかつに明かすまいとした。
