G-0C41NE8DJB 『弓と禅』オイゲン・ヘリゲル — 狙うのをやめたとき、矢はおのずと放たれる|亀吉の呟き
亀吉の書評

『弓と禅』オイゲン・ヘリゲル — 狙うのをやめたとき、矢はおのずと放たれる

『弓と禅』オイゲン・ヘリゲル — 狙うのをやめたとき、矢はおのずと放たれる
yoshiomi

的を狙えば狙うほど、矢は的から逸れていく。手に力を込めれば込めるほど、弦は素直に離れてくれない。うまくやろうとするその手つきが、いちばんの邪魔になる。本書が最初から最後まで書いているのは、たったこれだけの逆説だ。

一人のドイツの哲学者が、禅とは何かを知ろうとした。頭のいい人だった。だから当然のように、禅を概念として、筋道の通った理屈として掴もうとする。ところが掴もうとするほど、それは指のあいだをすり抜けていった。行き詰まって、このドイツ人は弓の道場の戸を叩く。弓を引くという体の稽古を通してなら、頭では届かない場所に手が届くかもしれない。そう考えたからだ。

そこで待っていたのは、それまで積み上げてきた知性がまるで通用しない世界だった。師は言う。当てるな。考えるな。自分が射るのではない。聞けば聞くほど分からなくなる言葉の前で、この哲学者は年の単位で立ち往生する。本書は、西洋の理知が東洋の身体知の前でゆっくり膝を折っていく、その長い当惑の手記である。

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禅を学ぼうとしたドイツ人

ヘリゲルは一九二〇年代、招かれて日本の東北帝国大学(仙台)で哲学を講じていたドイツ人だった。滞在は五年ほどに及ぶ。禅に惹かれたのは、そこに西洋の思考の枠組みでは捉えきれない何かがあると感じたからだ。だが、書物を読み、教えを聞くだけでは、その芯に触れられない。知識を増やすほど、かえって本体から遠ざかる感触があった。禅について語れる言葉は増えていくのに、禅そのものには一歩も近づけない。その焦りが、彼を机の前から立ち上がらせた。

はじめのうち、彼は禅を、西洋の哲学が慣れ親しんだやり方で攻めようとした。定義を求め、体系を探し、命題の連なりとして組み直そうとする。学問の世界で通用してきたやり方だ。ところが、そのやり方そのものが、禅の前ではことごとく空を切った。掴もうと差し出した手のかたちが、掴もうとする当のものを押しのけてしまう。知れば知るほど遠ざかるという、ふつうの学びとは裏返しの手ごたえだけが、彼のなかに残った。

それで彼は、頭からでなく手から入る道を選ぶ。弓である。当時の日本では、禅そのものを外から学ぶより、禅と結びついた芸道——弓や茶や剣——の一つを深く修めることが、その精神に触れる道とされていた。同僚の伝手をたどって、彼は弓の名手・阿波研造の門を叩く。的に向かって矢を放つという、ごく単純に見える動作。その反復のなかに、言葉で説かれる禅とは別の入口があるはずだと踏んだ。考えて分かるものではないのなら、体で分かるしかない。理屈を組み立てるのが仕事だった人が、理屈を手放すために稽古着を着る。その選択そのものに、すでにこの本の主題が芽を出している。

ここで断っておきたいのは、本書が弓道の技術を教える指南書ではない、ということだ。どう構え、どう引き、どう狙えばよく中るか。そういう上達の手引きを求めて開くと、まるで肩透かしを食う。射法の細部は主題ではない。狙う自分をどうやって手放すか。本書が向きあうのは、その問い一つだけである。だから弓を引いたことのない者が読んでも、なにひとつ困らない。むしろ弓を知らないほうが、書かれていることの奇妙さを、そのままの大きさで受け取れる。

放れを待つ

稽古はまず、呼吸から始まった。息を吸い、吐き、その流れに引くという動作を溶かしこんでいく。弓を限界まで引き絞り、そこで止める。あとは矢が離れるのを待つ。

このとき、みずからの意志で弦から指を放してはならない、と師は説く。放つのではない。放れるのだ。熟した果実が枝からひとりでに落ちるように、張りつめた指先から矢がおのずとほどけていく。その瞬間が来るまで、ただ充ちて待つ。放れは、射手すら不意を突かれるようにして訪れなければならない。みずからも思いがけないほど自然に離れたとき、はじめて放れは成る。

言葉にすれば、たったそれだけのことだ。力を抜いて、離れるのを待つ。だが、この「待つ」が、彼にはどうしても掴めなかった。私たちがふだん使う待つには、どこかに「まだか、まだか」という急ぎが混じっている。指を離す機会をうかがう、その身構えがすでに狙いなのだ。師が求めていたのは、うかがう心の消えた待ち方だった。次の瞬間を計算しない、ただ充ちているだけの時間。そこへ入ろうとするその意図が、また彼を入口で押し返した。

ヘリゲルには、これがどうしてもできなかった。待っていれば手が痺れ、こらえきれずにみずから放してしまう。すると師は首を振る。今のは、みずから放ったものだ、という顔で。頭では分かる。力を抜けばいい、と思う。ところが「力を抜こう」と意図した時点で、そこにはもう抜こうとする力みが入りこんでいる。作為を捨てようとする作為から、彼は何年も抜け出せなかった。ゆるめようとする意志が、いちばん頑固なこわばりだった。

師はこれを、有心と無心という言葉で示す。心を働かせて的に向かうのが有心。その働きが消えて、なんの企てもなく満ちているのが無心。無心は、ぼんやりした放心とは違う。弓を限界まで引き絞ったまま、極度に張りつめて、しかもどこにも力みがない。相反するふたつが、同じ一点で重なる。放れとは、技術であって技術ではない。指の運動でありながら、心のありようそのものでもある。上手に放そうと構えている限り、その上手さが放れを塞ぐ。稽古はそこで、長く足踏みを続けた。

稽古の日々は、ほとんど同じ動作の繰り返しだった。立ち、構え、引き、待つ。傍から見れば、何も進んでいないように映っただろう。だが、進んでいないように見えるその足踏みのなかでこそ、彼のなかの何かがゆっくりと削られていた。うまく引こう、正しく引こうという思いが、削られていく当のものだった。上達を測る物差しを握っているかぎり、放れは訪れない。測ろうとする心が、そのまま作為だったからだ。

当てるなという教え

もう一つ、彼をながく苦しめた言葉がある。当てるな、当たるのだ。

的があり、矢がある。狙って中てにいくのは当たり前だろう。ヘリゲルはそう食い下がる。狙わずにどうして中るのか。だが師は取りあわない。的を狙う心が的を逃す。中てようという欲が、いちばん中りから遠い。そう繰り返すばかりだった。中りとは、狙って手に入れる獲物ではなく、こちらの構えが整ったときに向こうから返ってくる返事のようなものだった。

構えが本当に整ったとき、的のほうが矢を迎えにくる。こちらから的を取りにいくのでなく、的に迎えられる。その裏返しが、この教えの芯にある。射手はただ、迎えられるにふさわしい状態へと、自分を澄ませていく。あとは向こうからやってくる。狙いを定めるかわりに、狙いの要らない自分になること。中てる技を磨くのでなく、中てようとする心を薄くしていくこと。教えは、そこをぐるぐると回りつづけた。

さらに謎めいた言葉が続く。自分が射るのではない。「それ」が射るのだ。射手が矢を放つのではなく、射手を通して何かが放たれる。「我」というものが退いたところで、はじめて矢はまっすぐ飛ぶ。西洋の哲学者にとって、これはほとんど受け入れがたい話だった。行為には行為者がいる。考える主体がいて、その主体が意志し、動作する。その大前提そのものを、師はしずかに外しにかかってくる。主語を消してなお動作だけが残る、という事態を、彼の言葉はうまく捉えられない。

我を退けよ、と言葉にするのはたやすい。だが、退けようとしているその当のものが我なのだった。退こうと決める主体が残っているかぎり、我はしぶとく居座りつづける。ヘリゲルが長く踠いたのは、まさにこの堂々巡りのなかでだった。自分を消そうとする自分を、どうやって消すのか。手がかりのない問いの前で、彼はただ引き、ただ待つほかなかった。

本書がいちばん厚みを持つのは、この行き詰まりの描写のところだ。分かったふりで通り過ぎることもできたはずだ。禅とはそういうものです、と物わかりよくまとめてしまえば早い。だがヘリゲルはそれをしない。分からないものを分からないまま、何年も抱えて呻いている。異国の神秘に酔ってみせる体験記ではない。理知の人が、自分の理知では歯が立たない壁の前で、正直に立ち尽くした記録だ。その不格好な誠実さが、本書を薄っぺらな禅の紹介から遠ざけている。読者が受け取るのは、答えではなく、その答えに辿り着けない時間の長さのほうだ。

闇のなかの的

疑いが極まったとき、彼は師に問うてしまう。狙いもせずに中るなど、まぐれ当たりの言い抜けではないのか。師はその晩、道場に来るよう告げた。

夜、灯りを落とした道場は闇に沈んでいた。的の前に、線香の細い火がひとつだけ点る。的そのものは闇に溶けて、どこにあるかも見えない。射る側からは、狙うべき一点がまったく見えていない。その暗がりのなかで、師は二たび矢をつがえ、射た。

灯りをつけて的をあらためると、一の矢は的の中心を射抜いていた。そして二の矢は、中心に立つ一の矢の筈を割り、その矢を裂いて並んでいた。狙いようのない闇のなかで、見えぬ的を貫き、さらにおのれの放った先の矢を、ふたたび寸分たがわず捉えていた。

ヘリゲルはこの二本の矢を、形見のように持ち帰ったという。まぐれではない。かといって、超能力めいた奇跡の話でもない。稽古を尽くした果てに、狙う我が退いて「それ」が射る。頭で押し返してきたものが、暗い道場でひとつの事実として目の前に立った。理屈で抵抗していた彼の身構えは、この夜、音もなく崩れる。見える的を狙うのをやめたとき、見えない的に中る。逆説が、そのまま形になっていた。

この夜のことを、ヘリゲルは後々まで忘れられなかった。技の冴えに驚いたのではない。腕の見事さなら、ただ感嘆して終わればよい。彼を打ったのは、狙うという行為そのものが要らなくなる境地が、目の前で現に成り立ってしまったことだった。見ることに頼らず、測ることをやめ、それでもなお中る。自分の理知がずっと不可能だと言い張ってきたことが、火ひとつの薄明かりのなかで、現に起きてしまっていた。あれこれと理屈をこねる暇もなく、彼はただ、起きたことのほうを認めるしかなかった。

弓は禅の門

阿波研造は、弓の道を究めた名手であると同時に、弓と禅は一つのものだと生きた人だった。的に中てる術としての弓ではない。弓を引くという行を通して、己を空にし、己を超えたものに触れる。その道を、阿波研造は自分の身ひとつで指し示していた。言葉で禅を説くかわりに、一本の矢を放ってみせる。それが、この師の教え方だった。

阿波研造は、言葉を尽くして説く人ではなかった。問いを重ねるヘリゲルに、噛んで含めるような解説を与えることは、ほとんどなかったという。そのかわりに、みずから弓を執って射てみせた。理屈で受け取れないものを、行そのものの姿で差し出す。分かるまで待ち、分からなければまた射る。教えるとは、答えを渡すことでなく、答えの生まれる場に弟子を立たせつづけることだった。だから弟子は、説明を覚えるのでなく、その場に身を置きつづけることで、少しずつ変わっていくほかなかった。

だから、この稽古は上達の物語ではない。段を上がり、腕を上げ、やがて達人になる。そういう成功譚として本書を読むと、いちばん大事なところを取り落とす。ヘリゲルが辿ったのは、うまくなっていく上り坂ではなく、うまくやろうとする自分がほどけていく下り坂のほうだった。手に入れる話ではなく、手放す話なのだ。増やすのでなく、減らす。強くするのでなく、ゆるめる。向きが、ふつうに思い描く修行とは逆を向いている。

弓は、ここでは一つの門にすぎない。茶でも、書でも、剣でもよかった。どの道であっても、極まった先で自我が薄れ、はからいが消える一点に行き着く。師が伝えようとしたのは、弓の引き方そのものではなく、そこへ至る歩き方だった。矢はそこへ入るための、細く長い一本の道でしかない。門をくぐってしまえば、それが弓であったかどうかは、もう大した問題でなくなる。

明け渡すということ

本書が最後に残すのは、爽快な悟りではない。もっと厄介な、宿題のようなものだ。

私たちの多くは、自分がやる、という以外のやり方を知らない。段取りを組み、力を入れ、狙いを定めて、うまくやろうとする。その手つきで、たいていのことは回っていく。けれど、その手つきがどうしても邪魔になる場面が、暮らしのなかにも確かにある。眠ろうとするほど眠れない。思い出そうとするほど出てこない。自然に振る舞おうとするほど、ぎこちなくなる。力めば力むほど、事はこわばっていく。

面白いのは、これが根性や気合いの話とは正反対だという点だ。もっと力を、もっと集中を、と急かす声は、ここでは的を遠ざけるほうへ働く。要るのは、足すことでなく引くこと。抱え込んだ力みを、ひとつずつ下ろしていくこと。うまくやろうという最後のひと握りを、そっと開くこと。それができたとき、事は自分の手柄でなく、向こうからの訪れとして起こる。狙いを手放すのは、投げやりになることと紙一重に見えて、まるで逆の方向を向いている。

弓の師が指していたのは、特別な神秘ではない。うまくやろうとする手を、ほんの少しゆるめること。そして、事がひとりでに起こるのを、こらえて待つこと。放れは、こちらが放つものではなかった。機が熟したとき、向こうから訪れる。私たちにできるのは、そのための構えをただ整え、あとは明け渡して待つことだけなのかもしれない。待つといっても、投げ出すのとは違う。引き絞ったまま、力まずに満ちている、あの相反する張りのなかで待つ。手を止めるのではなく、力を抜いて構えつづける。

当てにいくのをやめる。掴みにいく手をひらく。ヘリゲルが年月をかけて、ようやく体で受け取ったのは、そういう一つの明け渡しだった。次に何かを力ずくで手繰り寄せようとして、うまくいかずにこわばったとき。その握った指を、一本だけほどいてみる。矢は、放とうとする手からではなく、ゆるんだ手から離れていく。

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こんにちは。亀吉です。 仕事の合間にブログを書いています。 このブログは、どこまでも個人的で恣意的な思想の表明です。思うままに・・・ 映画と本が好きです。その他音楽や登山など。
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