G-0C41NE8DJB 『ニコマコス倫理学』アリストテレス — 幸福は、感じるものではなく、なるものだった|亀吉の呟き
亀吉の書評

『ニコマコス倫理学』アリストテレス — 幸福は、感じるものではなく、なるものだった

『ニコマコス倫理学』アリストテレス — 幸福は、感じるものではなく、なるものだった
yoshiomi
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はじめに

「幸せになりたい」という言葉は、どこかに向かって進もうとする言葉だ。幸せという場所に辿り着いたら、そこにいられると思っている。快楽を得ること、地位を築くこと、安定した生活を手に入れること——何かを達成すれば「幸せになれる」という感覚の中に、私たちは長く生きている。達成した瞬間に幸福を感じ、それが続けばいいと願う。何かを失ったとき、幸せが遠のいたように感じる。

アリストテレスは、そのような幸福の捉え方を根底から問い直した。前335年頃からアテナイのリュケイオンで教え始めたアリストテレスが書いた『ニコマコス倫理学』は、幸福の処方箋ではない。「そもそも人間にとっての幸福とはどういうことか」という問いを、倫理学という形で考え抜いた書だ。

「自己啓発書の古典」「中庸の哲学」として名前だけ知っている人が多いかもしれない。だが、この書のいちばん鋭い場所は、中庸の理論でも三種の友情でもなく、幸福(エウダイモニア)を「状態」ではなく「活動」として定義したところにある。幸せかどうかを感じようとするのではなく、どう生きているかを問う——その転換こそが、この書の核心にあたる。

1. アリストテレスという人——プラトンの弟子が、師の哲学から離れたとき

アリストテレスは前384年、マケドニア王国のスタゲイラで生まれた。父ニコマコスはマケドニア王の侍医であり、自然科学への関心は幼い頃から培われたとも言われる。17歳でアテナイに来てプラトンのアカデメイアに入学し、プラトンが亡くなる前348年頃まで約20年を過ごした。師への敬意は深かったが、哲学的な立場は大きく異なった。

プラトンはイデア論を唱えた。真の実在は感覚世界の「こちら側」にはなく、不変のイデアの世界にある、と考えた。美しいものは数多あるが、「美そのもの(美のイデア)」は一つであり、それが真の実在だ。個々の美しいものは、この「美のイデア」を不完全に分有しているにすぎない。アリストテレスはその方向を逆転させた。真実は感覚的な経験の中にある。この世界の具体的な現象を観察し、分類し、説明することが哲学の仕事だ、と考えた。プラトンが理想を掲げたのに対し、アリストテレスは現実という名の足元を見ていた。

アカデメイアを去った後、アリストテレスはマケドニア王フィリッポス2世の招きで、のちのアレクサンドロス大王の家庭教師を務めた。前335年頃にアテナイに戻り、リュケイオンを開いた。そこで動物学・生物学・政治学・詩学・論理学・倫理学などを教え、書き記した。アリストテレスはリュケイオンを散歩しながら弟子たちに教えたと伝わり、「逍遥学派(ペリパトス派)」と呼ばれた。著作の中にはアリストテレス自身が書いたものと、講義録を弟子が整理したものの両方が含まれると考えられている。

『ニコマコス倫理学』はリュケイオンでの活動から生まれた書だ。全10巻、幸福・徳・友情・快楽について体系的に論じる。「ニコマコス」の名は息子か父の名に由来するが、どちらに捧げたか、どちらが編集したかについては今も諸説ある。アリストテレスが前322年に亡くなるまで書き続けた、倫理学の主著にあたる。プラトンの対話篇と違い、問答形式ではなく講義形式で書かれており、体系的な論証が展開される。

2. すべての活動には目的がある——最高善の探求

『ニコマコス倫理学』は有名な一文で始まる。「すべての技術と探求、すべての行為と選択は、何らかの善を目的としているように思われる」。

アリストテレスによれば、あらゆる行動には目的(テロス)がある。医術の目的は健康、造船の目的は船、建築の目的は建物だ。しかしこれらの目的も、さらに上位の目的のための手段になることがある。健康はそれ自体が目的か、それとも何か別のためか。船を作るのは何のためか。活動の連鎖を最上位まで追いかけたとき、それ自体のために求められ、他の何かのための手段ではない「最高の善」があるはずだ、とアリストテレスは考える。

その最高の善が、エウダイモニア(幸福・繁栄)だ。日本語では「幸福」と訳されることが多いが、「繁栄する」「よく生きる」という活動のニュアンスも含む言葉だ。快楽、名声、富——それぞれを幸福と見なす立場をアリストテレスは検討し、退ける。快楽はそれを生む活動がなければ存在しない。名声は他者の評価に依存する不安定なものであり、自分ではコントロールできない。富は目的ではなく、他の目的のための手段だ。ではエウダイモニアとは何か。

アリストテレスの答えは、「人間の機能(エルゴン)を卓越した形で発揮し続ける活動」だ。目の善は視ることにある。指の善は器用に動かすことにある。職人の善は優れた仕事をすることにある。ではアテナイ市民にとっての善、人間としての善は何か——人間固有の機能、つまり理性に従って卓越した形で活動すること。それがエウダイモニアだ。幸福は感情の名前ではなく、生き方の名前だ。

ここで重要なのは「卓越した(アレテー)」という言葉だ。アレテーは通常「徳」と訳される。徳のある活動、すなわち人間としての卓越性を発揮した活動こそが幸福だ、とアリストテレスは言う。これは個人の心理状態ではなく、行動の質の話だ。幸福の問いを「私は今どう感じているか」から「私は今どう行動しているか」へと移す。

3. エウダイモニアは「感じる」ものではない——活動としての幸福

アリストテレスはソロン(前640–558年頃、アテナイの立法者・詩人)の言葉を引く。「人を死ぬ前に幸福と呼ぶな」。

ソロンはギリシャの七賢人の一人として後世に伝わった人物で、この言葉はリュディアの王クロイソスへの答えとして伝えられた。クロイソスは莫大な富と権力を持ち、自分が最も幸福な人間だと自負していた。ソロンはアテナイの市民アテロスや、クレオビスとビトンの兄弟こそが幸福だったと答えた。美しい死に方をした人間たちを挙げて、生きている間の財や地位で幸福を語ることを慎んだ。クロイソスは後にペルシャ王キュロスに敗れ、没落した。

アリストテレスはこの言葉を哲学的に検討する。もし幸福が瞬間的な感情状態(「今、幸せだ」という感覚)なら、ソロンの言葉は成立しない。今幸せなら、今幸せだと言えるはずだ。しかしアリストテレスが言う幸福は活動(energeia)だ。一生にわたって、理性に従い卓越した活動を続けることの総体が幸福だとすれば、死ぬ前にはわからない、というソロンの言葉は一定の正確さを持つ。

これは暗い見方ではなく、幸福の問い方の転換だ。「今日、自分は幸せか?」という問いではなく、「今日、自分はどう生きたか?」という問いへ。達成ではなく実践。到達ではなく継続。幸福は「なる」ことであって「感じる」ことではない——この転換は、幸福の話を生き方の話に変える。

なお、幸福には運の要素もある、とアリストテレスは認めた。貧困の中では卓越した活動が難しいこともある。友人の存在、適切な教育、ある程度の外的な条件も幸福に影響する。完全に自分のコントロール下にある話ではない、という誠実さも、この書にはある。後のストア派哲学者たちが「徳さえあれば外的条件は幸福に関係しない」と言ったのとは、ここが違う。アリストテレスは外的な運(テュケー)の力を認めた上で、それでも理性に従って卓越した活動を続けることを求めた。

4. 中庸は「平均」ではない——実践的知恵が毎回判断するもの

倫理的な徳(アレテー)をアリストテレスは「中庸(メソン)」として論じる。よく知られているが、中庸は「ほどほど」でも「平均」でもない。

勇気は無謀と臆病の中間にある。節制は放縦と無感覚の中間だ。寛大さは浪費と吝嗇の中間にある。正直さは自慢と自己卑下の中間にある。では「中間」を算術的に計算できるか。そうではない。荒れた海で泳ぎが苦手な人が海に飛び込むのは無謀だが、訓練された救助員にとっては同じ状況でも勇気ある行為になることがある。食事の適量が競技選手と一般人で異なるように、「中庸」はその人、その状況、そのときにとって適切な点だ。物差しで測れるものではない。

これを毎回判断するのが、フロネーシス(実践的知恵)だ。倫理的な行動はルールブックの適用ではない。フロネーシスを持つ人は状況を読み、何が適切かを判断し、適切に行動する。フロネーシスは経験の積み重ねの中でしか育たない。徳の教科書を暗記しても徳のある人間にはなれない——徳は実践を繰り返すことで身についていく。アリストテレスはそれを「習慣によって形成されるもの」と言った。ギリシャ語でエトス(習慣)とエーシス(性格)は語源が近く、性格とは習慣の積み重ねだ。

勇気ある行為を繰り返すことで勇気のある人間になる。友愛を実践することで友愛ある人間になる。徳は一度達成したら終わりではなく、継続的な実践の中でだけ保たれる。ここにも、「活動としての幸福」という主題が響く。何かになる、ではなく、何かであり続ける。

ある徳の対立する二つの極は、両方とも失敗の形だとアリストテレスは言う。勇気が美徳であるとすれば、無謀と臆病はともに欠点の形だ。恵み深さが美徳なら、吝嗇と浪費はともに欠点の形だ。中庸はその中間にあるが、それは計算で出るものではなく、経験と判断の積み重ねの中で見えてくるものだ。だから徳は教えられるものではなく、身につけるものだとアリストテレスは言った。そして、身につけた徳は、状況によっては当惑させる。何が「その状況における中庸か」は、答えが一つに定まらないこともある。

5. 三種の友情——有用さ・快楽・徳のうち、何が残るか

第8巻・第9巻でアリストテレスは友愛(フィリア)を詳しく論じる。友情には三つの種類がある。

一つ目は有用さに基づく友情。互いに何らかの利益を得るために結ばれた関係だ。ビジネスパートナーや仕事上の知人がこれにあたる。有用さがなくなれば自然に薄れる。二つ目は快楽に基づく友情。一緒にいて楽しい、話が弾む——そういう関係だ。感情や趣味が変われば、この種の友情も変わる。

三つ目が徳に基づく友情だ。相手の性質そのものを愛する関係。相手が善い人間だから愛する——そこには有用さも快楽も副産物として生まれるが、それが主目的ではない。この種の友情だけが完全な友情だとアリストテレスは言う。有用さに基づく友情は、若者よりも老人や中年に多い。快楽に基づく友情は若者に多い。しかし徳に基づく友情は、善い人間同士でなければ成立しない。

「本当の友情は少数の人とだけ持てる」と書いた。徳に基づく友情には時間と交際が必要だからだ。一緒に過ごし、互いの性質を知り、信頼を築く——そういう関係は同時にたくさんの人とは持てない。アリストテレスが書いた2,400年前の言葉だが、つながりの数と質を混同しやすい時代に読み返すと、何かが引っかかる。

また、アリストテレスは「孤立して完全に幸福な人間はいない」とも書いた。人間はポリス的動物(社会的動物)であり、友人や共同体なしには善く生きられない。幸福は一人で達成するものではなく、他者との関係の中で育まれるものだ、という主張は、個人の内面的な達成だけを幸福とする考え方とは異なる方向を向いている。

友情に関するアリストテレスの考察で目を引くのは、自己愛(フィロアウティア)についての記述だ。自己愛を悪いものと考える人もいるが、アリストテレスは区別する。卑しい自己愛——快楽や名声を求めて自分を愛する——は批判されるべきだ。しかし、理性に従って善く生きることを自分に求める自己愛は、むしろ徳の基盤になる。他者を善く愛するためには、まず自分が善く生きていなければならない。友情の論考が幸福論の延長として書かれているのは、そういう構造のためだ。

幸福は一人で達成するものではなく、他者との関係の中でしか育まれない。この考え方は、現代の「個人の内面の充実」として幸福を語る傾向とは異なる。アリストテレスにとって、人間が善く生きるとは、ポリス(都市国家)の中で市民として関係を結びながら活動することでもあった。

おわりに

アリストテレスが『ニコマコス倫理学』を書いたのは前335年頃から亡くなる前322年にかけてのことだ。プラトンが死んで約25年後、ソクラテスが死んでから75年以上経っていた。師から学んだ哲学の方法を使いながら、師とは違う方向で問いを立てた。

「人が幸せかどうかは死ぬまでわからない」というソロンの言葉を、アリストテレスは退けなかった。幸福を活動として定義したからこそ、その言葉の重さを引き受けることができた。生涯を通じてどう生きたかの総体が問われるとすれば、今この瞬間の感情で答えは出ない。

幸せを「感じたい」という欲求と、幸せに「なる」という活動は、向いている方向が違う。前者は今の感情を変えようとし、後者は今の生き方を問う。アリストテレスは後者の問いの立て方を選んだ。

中庸はその都度フロネーシスが判断するもので、誰かが代わりに決めてくれるものではない。徳は実践の継続の中でだけ育つ。友情は時間と関係の中でしか育たない。ソロンの言葉が正しいとすれば、幸福かどうかは最後までわからない。

それでも問い続けることを、アリストテレスは倫理学と呼んだ。

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こんにちは。亀吉です。 仕事の合間にブログを書いています。 このブログは、どこまでも個人的で恣意的な思想の表明です。思うままに・・・ 映画と本が好きです。その他音楽や登山など。
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