安藤忠雄
安藤忠雄とは — 削ることで濃くなる、光と打ち放しコンクリートの建築
光の教会の写真を、どこかで見たことがある人は多い。装飾のない灰色の壁に、十字のかたちの切れ込みが入っている。そこから光だけが差し込んで、暗い室内に光の十字が浮かぶ。あの空間をつくったのが、安藤忠雄である。
安藤忠雄は、1941年に大阪で生まれた建築家だ。建築の学校には通っていない。独学で建築を学び、1995年にプリツカー賞を受けた。建築界のノーベル賞と呼ばれる賞である。元はプロボクサーだったという経歴も、よく知られている。
ただ、経歴を並べても、安藤の建築の芯には届かない。この人の建築は、足すのではなく、削ることで濃くなる。装飾を落とした打ち放しコンクリートの箱に、光や水をひとつだけ招き入れる。その引き算を、代表作と考え方からたどっていきたい。

独学から始まった建築家
安藤忠雄は、大学で建築を学んでいない。高校時代にはプロボクサーのライセンスを取り、「グレート安藤」というリングネームで試合に立っていた。ボクサーの生活は一年半ほどで終える。そのあと、建築の正規教育を受けないまま、独学で建築の道に入っていった。
市販の教科書と、実際の建物を見て回る旅で、安藤は建築を身につけていく。長い時間をかけて独学を積み、建築士の試験に合格した。1969年には、安藤忠雄建築研究所を大阪に構える。師について学ぶ回り道を通らなかったことは、のちの安藤の身軽さにつながっていく。誰かの様式をなぞる出発点を持たなかったぶん、自分の目で見たものだけを頼りに設計を始めることができた。
大学にも師にも属さない出発は、はた目には不利に見える。けれど安藤は、そこを嘆かなかった。手持ちの少ない素材と、単純な形だけで建てる。その姿勢は、このあとの作品をずっと貫いていくことになる。
代表作をたどる
安藤忠雄の建築は、まず作品を見るのがわかりやすい。デビュー作から順に、四つをたどる。
住吉の長屋
- 竣工|1976年
- 所在地|大阪市住吉区

安藤のデビュー作にあたる。間口の狭い、細長い敷地に建つ長屋を、打ち放しコンクリートで建て直した住宅である。外に向かって開いた窓はほとんどない。かわりに、家の中央に屋根のない中庭を置いた。
この中庭が、住む人に少し変わった動きを求める。たとえば奥の部屋へ移るとき、住人は一度、屋根のない中庭を通ることになる。雨の日には傘がいる。便利さでいえば不便な家だ。それでも安藤は、住まいのなかに空と光と雨を引き込むことを選んだ。1979年、この住宅は日本建築学会賞を受けている。
水の教会
- 竣工|1988年
- 所在地|北海道勇払郡占冠村(トマム)

北海道のトマムに建つ教会だ。礼拝堂の前には、人工の池が広がっている。祭壇の先の壁を大きく開くと、その向こうに水面と十字架があらわれる。祈る人は、水を前にして手を合わせることになる。
「教会三部作」と呼ばれる建築のひとつで、風の教会・光の教会とともに数えられる。ここで安藤が招き入れた自然は、水だった。
光の教会
- 竣工|1989年
- 所在地|大阪府茨木市

安藤忠雄の名前とともに、最もよく写真で見られる建築だろう。飾りのないコンクリートの箱のような礼拝堂で、正面の壁に十字のかたちのスリットが切られている。その切れ込みから光だけが差し込み、暗い室内に光の十字が浮かぶ。
色ガラスも、彫像も、金の装飾もない。あるのはコンクリートの壁と、一条の光だけである。祈りの場に必要なものを削っていった先で、光そのものが十字になった。教会三部作の一つで、招き入れた自然は光だった。
地中美術館
- 竣工|2004年
- 所在地|香川県直島町

瀬戸内海の直島に建つ美術館である。名前のとおり、建物の大半が地中に埋められている。地上に大きな姿を見せず、島の景観を壊さないように地面の下へおさめた。
それでも館内は暗くない。掘り込まれた空間に、自然光が上から導かれている。作品は、照明ではなく、時間や天気とともに移ろう外の光のもとで見ることになる。直島を美術の島に変えていったプロジェクトの、中心となる建築の一つだ。
安藤忠雄の建築を支える考え方
四つの作品には、共通する考え方が流れている。安藤の建築を支える柱を、いくつかに分けて見ていく。
打ち放しコンクリート
安藤忠雄の代名詞である。型枠から外したままの、塗装も仕上げもしないコンクリートの面を、主な素材として使う。表面をなめらかに均質に打つことに、強くこだわった。
壁紙もタイルも貼らない。素材そのものを、そのまま見せる。飾りを足すのではなく、素材の肌をむき出しにすることで、かえって空間の密度が上がっていく。
幾何学
安藤の建築は、正方形・円・直方体といった単純な形の組み合わせでできている。複雑な曲線や凝った装飾で驚かせるのではなく、誰もが知っている素朴な形を積み重ねて空間をつくる。単純だからこそ、そこに差し込む光や、通り抜ける風の存在が際立ってくる。
光と影
壁で閉じた内部に、スリットや小さな開口から、一条の光を導く。光の教会が、その考え方を最もはっきりと見せている。
暗さを消してしまわないことが、安藤の光の使い方だ。部屋全体を明るくするのではなく、影を残したまま、そこに一筋の光を落とす。影があるから、光が濃く見える。谷崎潤一郎が『陰翳礼讃』で書いた、暗がりのなかにこそ美を見る感覚と、地続きのところに立っている。
自然との対話
水・光・風・地形といった自然を、建築のなかに取り込む。水の教会の池、光の教会の光、地中美術館の地面。安藤は、自然のなかからひとつを選び、それを建物の主役に据える。
たくさんの自然を盛り込むのではない。ひとつだけを、はっきりと招き入れる。狭い敷地や独学という制約を、安藤は言い訳にしなかった。制約のなかで削れるだけ削り、残った箱に、自然をひとつ通す。その引き算が、安藤忠雄の建築の芯にある。
おわりに
光の教会の壁には、十字のスリットが切られている。そこから差す光を思い浮かべると、安藤忠雄という建築家のやってきたことが、一つの像に集まってくる。
飾りを削り、壁を閉じ、最後に光をひとつだけ通す。削ることは、貧しさではなかった。削ったぶんだけ、残ったものが濃くなる。コンクリートの箱に浮かぶ光の十字は、その考え方が形になった一点だ。あとの言葉は置いて、その光に譲りたい。
