『道をひらく』松下幸之助 — 道は、歩いてはじめてひらく
「うまくいく方法はないだろうか」。仕事でも暮らしでも、行き詰まったとき、人はまず地図を探す。正しい順路、確実な近道、失敗しない段取り。それさえ手に入れば、あとは迷わず進めるはずだ、と考える。ところが、そうやって地図を探しているあいだ、足のほうはずっと止まったままになる。方法が見つかるまで動かない、と決めた瞬間から、時間だけが過ぎていく。
半世紀余り前に世に出た一冊の随想集が、いまも版を重ねている。書いたのは、一代で世界的な電機企業を築き、のちに「経営の神様」と呼ばれた人物だ。ならば中身は成功の秘訣か。そう身構えて開くと、拍子抜けするほど違う。その本が説くのは、順路でも近道でもない。ただ「まず歩め」と、それだけを手を替え品を替え繰り返す。歩かないかぎり、道はどこにもひらかない——と。
裏表紙に綴られた言葉
松下幸之助『道をひらく』は、一九六八年に世に出た。もとは、自ら興した研究所が出していた月刊誌の裏表紙に、折々の感懐を綴った短い文章である。派手な宣言でも、込み入った論考でもない。ひと月に一つ、余白に書きつけられていった、つぶやきのような文章だ。その中から百二十一篇を選び、一冊に編んだのがこの本になる。各篇は見開き程度、読むのに数分とかからない。朝のわずかな時間でも、眠る前のひとときでも、どこか一篇を拾って、また戻せる。通して読破する本というより、日々の折にふれてひらく本として作られている。
累計で五百七十万部を超えた。戦後の日本で、もっとも長く、もっとも広く読まれてきた本の一つである。中身は十一に分かたれている。「運命を切りひらくために」にはじまり、「困難にぶつかったときに」「自信を失ったときに」を経て、「生きがいある人生のために」「国の道をひらくために」で閉じる。人が生きるうえでぶつかる局面ごとに、戸口が並んでいる、と思えばいい。迷ったとき、そのときの自分に合う戸口をひらけば、数分で読み切れる短い一篇が待っている。
これだけ多くの篇が並んでも、一冊を貫く声は一つに絞られている。込み入った理論はない。自慢めいた手柄話もほとんどない。扱われているのは、日々の出来事にどう向き合い、どう考えるか——その姿勢だけだ。だからこの本は、経営を学ぶための教科書というより、生き方の入り口として読み継がれてきた。働く人にも、そうでない人にも、世代や職業を問わず読まれてきたのは、そこに専門の知識がいらないからだろう。必要なのは、いま自分がどう生きているのか、という問い一つである。
長く手元に置く人が多いのも、この形と関わっている。人生の局面が変われば、ひらく戸口も変わる。若いころには「運命を切りひらくために」の篇が胸に刺さり、仕事に行き詰まった時期には「困難にぶつかったときに」の数行が支えになる。同じ一篇でも、読む側の年齢や境遇によって、立ちのぼる意味が変わってくる。一度読んで棚に戻す本というより、折にふれて戻ってくる本として作られているのは、そのためだ。短いからこそ、そのつどの自分を映す鏡になる。
九歳で大阪へ
著者について、少しだけ触れておきたい。松下幸之助は一八九四年、和歌山に生まれた。家が早くに傾き、九歳で単身、大阪に出る。火鉢を売る店、それから自転車を扱う店で、住み込みの丁稚として働きはじめた。同じ年ごろの子どもが机に向かっていた時間に、松下は店先で客の顔色をうかがい、道具の手入れを覚えていた。学校にはほとんど通えていない。後年、自らを学問のない人間だと言い続けたのは、この出発点があるからだ。
やがて大阪の電灯会社に勤め、そこを辞して、一九一八年、二十三歳のときに小さな製作所を興す。手元にあったのは、わずかな元手と、うまくいくかどうかもわからない見込みだけだった。それが一九三五年には松下電器産業となり、一代で、世界に知られる企業へと育っていく。世間はやがて松下を「経営の神様」と呼ぶようになった。
けれど、本書を開くと、その神様の像はいったん脇へ寄せられる。派手な成功譚よりも、思うようにいかない日の心の持ちようが、多くの篇を占めている。一九四六年、松下は自ら研究所を興し、繁栄によって平和と幸福を、という理念を掲げて、思想と出版の仕事に踏み出した。金もうけを離れた場所で、人はどう生きればよいのかを問い直そうとしたのだ。この随想集も、その延長線上に生まれている。一九八九年、九十四歳で世を去るまで、松下は言葉を書き、語り続けた。
つまり、この本の一節一節は、成功の頂きから下界を見下ろして書かれたものではない。九歳で親元を離れ、思うようにならない日を数えきれないほど重ねてきた人間が、その足元から書いている。「歩め」という一言に妙な重みがあるのは、そう言っている当人自身が、いやというほど立ちすくんできたからだ。うまくいかない側の気持ちを、頭ではなく身体で知っている人の言葉なのである。
「まず歩まねばならぬ」
表題になった随想に、こういう一節がある。
他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、道はすこしもひらけない。道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。
短い。けれど、この数行に、本一冊分の芯が詰まっている。まず、道は歩く前から地図として渡されているのではない、という見方がある。歩いた足あとが、あとになって道の形になる。話が、普通思い描くのとは逆さまなのだ。道があるから歩くのではなく、歩くから道ができる。だとすれば、順路がすっかりわかってから歩き出そうとするかぎり、一歩目はいつまでも出ない。思案にくれて立ちすくんでいる時間は、どれだけ長くても、一寸も前に進んでいない時間になる。
もう一つ、この一節には「他人の道に心をうばわれ」という戒めがある。その道は借り物ではきかない、ということだ。誰かがすでに通った、立派に舗装された道に見とれているうちは、自分の足がすくんで動かない。他人の道をどれだけ正確になぞってみても、なぞり終えたところで、それは他人の道のままだ。人にはそれぞれ、その人にしか歩けない道がある。隣の誰かの成功をうらやんで足を止めるより、たとえ細くとも、自分の前に伸びる一本を歩くほうがいい。
歩き出せば、当然つまずくこともある。踏み出した先が行き止まりのこともあるだろう。それでも松下は、止まっているよりはいい、と考える。歩いてみて初めて、その道が自分に合うのか合わないのかがわかる。立ちすくんだままでは、合うも合わないも永遠に確かめられない。試して、違えば向きを変え、また歩く。その繰り返しのなかでしか、自分の道の輪郭は現れてこない。失敗を避けようとして一歩も動かないことこそ、一番道から遠い、というのがこの本の見立てだ。
松下が百二十一篇を通して指さすのは、つまるところ、それだけだと言っていい。うまい方法を授ける言葉ではなく、まず足を前へ、という促し。地図を配る手というより、止まった背中にそっと添えられる手のような言葉である。読むたびに、答えが増えるわけではない。ただ、自分がいつのまにか立ちすくんでいたことに、気づかされる。
成功者のありがたいお説教ではない
こう紹介すると、成功した人間が高いところから垂れる人生訓のように聞こえる。だが、その読み方は、この本に一番似合わない。
松下は、悟りきった賢者として書いてはいない。むしろ随想のあちこちに、迷い、つまずき、思うようにいかずに天を仰ぐ当人の姿がにじむ。こう考えれば楽になるとわかっているのに、それがなかなかできない——そんな、自分に言い聞かせるような書きぶりが多い。読者を見下ろす声ではなく、隣で同じ坂を登っている者の、息の切れた声だ。
極貧から身を起こしたという履歴も、この本では権威の飾りというより、言葉の裏づけとして働いている。九歳で奉公に出た人間が「まず歩め」と言うとき、その一言は、耐え抜いた者が掲げる勲章というより、何度も立ちすくんだ者の実感として響く。ありがたく押しいただく教えではない。同じ弱さを抱えた者どうしで交わす、低い声のはげましに近い。
説教として読もうとすると、かえって言葉が硬く縮む。偉い人の教えだと構えた瞬間、平明な肉声は「立派な人の立派な言葉」に均されて、手元から遠ざかる。この本の一番の持ち味は、その平明さにある。難しい漢語も、耳慣れない専門用語もない。台所で交わされるような、ふだんの言葉で書かれている。神様の言葉ではなく、迷いながら生きている一人の人間のつぶやきである。
成功のための効率的なノウハウではない
ビジネス書の棚に並ぶと、この本は「成功するための何箇条」の類と取り違えられやすい。手っ取り早く成果を上げる技術がまとめてある、というふうに。
けれど、どの篇をめくっても、そうした早見表は見あたらない。扱われているのは、何をすれば得か、ではない。どんな心で朝を迎えるか。思うようにならない出来事を、どう受けとめ、どう構え直すか。目的は成果の最大化ではなく、日々の姿勢そのものにある。手段は書いていない。日々の心構えが刻まれている。
成功の技術を求める人から見れば、これはずいぶん遠回りに映るだろう。だが松下は、心の構えが定まらないままやり方だけを覚えても、いざというときに崩れると見ていた。台風が来れば、小手先の対処では家は保たない。土台がしっかりしていれば、多少の風雨には揺らがない。順路を暗記することよりも、どんな出来事が来ても崩れない足場を、自分のなかに築くこと。そちらが先だ、という考え方である。やり方は誰かから借りられるが、足場だけは自分で築くほかない。
だから、効率を上げようと急いで読むと、一番肝心なところをすり抜ける。この本はむしろ、いそぐ足をいったん止めさせ、自分がいまどう立っているのかを見直させる。速く進むための手引きというより、正しく立つための鏡に近い。生産性の目盛りで測ろうとすると、そこに書かれた値打ちは、目盛りの外へこぼれていく。
気合いで押し切る根性論ではない
では、歯を食いしばって頑張れ、という精神論なのか。それも違う。
うまくいかないとき、松下はもっと頑張れとは言わない。なぜうまくいかないのかを、素直な心で見つめてみよ、と言う。焦って力むほど、かえって物事はこじれていく。だからいったん肩の力を抜き、目の前の事実をありのままに受けとめるところから始める。力み返る方向ではなく、力をゆるめる方向だ。素直、という言葉が、この本の底を流れている。
素直、という一語を、松下はくり返し使う。それは言いなりになるという意味ではない。事実を事実として、色をつけずに受けとめる。うまくいかないなら、うまくいかないという事実から目をそらさない。都合の悪い現実に力ずくで抗うのでなく、まずありのままを認めるところに立つ。そこから、次の一歩の向きが定まってくる。強い心とは、こわばって動かない心のことではない。しなやかに事実を受けとめ、向きを変えられる心のことだ——そう読める。
「まず歩め」という促しも、根性で坂を駆け上がれという号令ではない。立ちすくんだ足を、まず一歩だけ前に出す——その軽さのことだ。歯を食いしばる重さではなく、こわばった膝を一つゆるめる軽さ。頑張りの量で自分を追い立てる本というより、追い立てていた手を、いったんほどく本である。この本が長く読み継がれてきたのは、その言葉の温かみなのだろう。人を鼓舞して走らせるというより、走りすぎて息の上がった者を、一度立ち止まらせる。そのうえで、また片方の足を、そっと前に出させる。
おわりに
同じ「実業家が説く生き方の書」として、渋沢栄一『論語と算盤』を思い出す人もいるだろう。系譜としては、たしかに近い。ただ、あちらが講演の談話を人が書き取ってまとめた訓話集であるのに対して、こちらは当人が自分の手で綴った短い随想である。人づてに整えられた声というより、書いた人の肉声が、そのまま紙に残っている。その分だけ、言葉の温度が、我々に近く感じられる。
最後の一篇まで目を通しても、手に残るものは少ない。要点を書き出そうとしても、箇条書きにはうまく収まらない。それでいい、とこの本は言うだろう。覚えるための言葉というより、そのつど立ち返るための言葉なのだから。仕事で行き詰まったときに、暮らしのなかで足がすくんだ朝に、どこか一篇をひらけば、また同じ声が同じことを言う。まず歩め——と。何度でも、同じ一言に戻ってくればいい。
この本は、地図を配らない。近道も、正解の順路も、最後まで示されない。差し出されるのは、たった一つの促しだけだ。まず歩け——と。歩いた分だけ、足の下に道の形ができる。歩かなければ、道はどこにもない。
そして、その道を代わりに歩いてくれる者は、どこにもいない。立派に舗装された他人の道をいくら眺めても、それが自分の一歩の代わりになることはない。地図を探して足を止めていた時間を、松下の言葉は、そっと終いにする。行き先は、まだ見えていなくてかまわない。見えないまま、片方の足を前に出す。道がひらくのは、いつでも、そのあとだ。
