G-0C41NE8DJB 『レディ・プレイヤー1』 — うまい飯を食べられる唯一の場所|亀吉の呟き

『レディ・プレイヤー1』 — うまい飯を食べられる唯一の場所

『レディ・プレイヤー1』 — うまい飯を食べられる唯一の場所
yoshiomi

ハリデーは死んでいる。

OASIS という仮想世界の創設者だった男は、 物語の始まる 5 年前に死んでいる。 そして遺言を残している。 OASIS の中に 3 つの鍵を隠した。 鍵を全部見つけて、 最後に隠された卵 (イースターエッグ) を獲得した者に、 OASIS の運営権と 5,000 億ドルの遺産を譲る、 と。 5 年間、 世界中のプレイヤーがこの「アノラック・ゲーム」 に挑んでいるが、 最初の鍵すら誰もまだ見つけられていない。

スティーヴン・スピルバーグ監督・製作『レディ・プレイヤー1』 (2018) は、 アーネスト・クラインの小説『ゲームウォーズ』 (2011) を原作にした作品だ。 上映時間 140 分。 タイ・シェリダンがウェイド・ワッツ (アバター名パーシヴァル) を、 オリヴィア・クックがサマンサ・クック (アルテミス) を、 マーク・ライランスが故・ジェームズ・ハリデー (アノラック) を、 ベン・メンデルソーンが IOI 社長ソレントを演じる。 世界興行 5 億 8,291 万ドル、 日本興行 25 億 5,000 万円。 第 91 回アカデミー賞では視覚効果賞にノミネートされた。

ただし、 これから書くのは「VR ブームを予言した映画」 としての『レディ・プレイヤー1』 ではない。 公開から 9 年が経ち、 メタバースという言葉が一周回って疲れ始めた今、 改めてこの映画を観ると、 中心にあるのはハリデーという男の遺言だ。 VR 世界を作った創設者が、 自分が死んだあとに何を後継者に渡したかったのか。 ゲームの設計から、 ハリデーが本当に問いたかったことの輪郭が、 少しずつ見えてくる。

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1. 2045 年スタックスの少年 — VR が現実より「居場所」 になった世界

舞台は 2045 年のオハイオ州コロンバス。 環境汚染と気候変動で荒廃した世界の中で、 主人公ウェイド・ワッツは「スタックス」 と呼ばれるスラム街に住んでいる。 トレーラーハウスを縦に何段も積み重ねた、 文字通りの「積み重ねられた居住区」。 彼は伯母の家に居候しているが、 そこに自分の居場所はない。

ウェイドの居場所は OASIS の中にある。

OASIS は VR ヘッドセットと触覚スーツを装着して入る仮想世界だ。 学校もここにある。 仕事もここにある。 友達もここにいる。 現実世界が崩れていく分だけ、 OASIS の中に逃げ込む人間が増えている。「ガンター」 と呼ばれる卵探しの廃人たちは、 ほぼ全ての時間を OASIS の中で過ごす。 ハリデーの遺言ゲームに挑むことが、 ガンターの存在理由になっている。

冒頭でウェイドは観客に向かって、 OASIS の魅力を説明する。「ここでは誰でも、 何にでもなれる」。 アバターを変えれば、 性別も身体も種族も自由に切り替えられる。 階級も格差も関係ない。 リアルでスラム街に住んでいる 18 歳の少年が、 OASIS の中では中世の騎士パーシヴァルとして冒険できる。

スピルバーグはこの設定を、 観客が安心して移入できる形で提示している。「VR は素晴らしい」 という賛美でも、 「VR は危険」 という警告でもなく、 ウェイドが OASIS にログインする日課を、 ただ淡々と見せる。 朝起きてヘッドセットを装着する動作が、 食事の動作と並んで日常の一部になっている世界。 そこに価値判断はまだない。

ところが、 物語が進むにつれて、 この日常の中に少しずつ問いが入り込んでくる。 ハリデーの遺言ゲームが、 単純な「卵を見つけるゲーム」 ではなかったことが、 試練ごとに見えてくる。

2. 第一の試練「逆走」 — 流れに逆らう勇気を持つ者

ハリデーが最初に用意した試練は、 マンハッタンを舞台にしたカーレースだ。 OASIS 内に再現されたマンハッタンの道路を、 ゴール地点まで走る。 ただし、 道中には恐竜が暴れていたり、 巨大な鉄球が転がってきたり、 キング・コングがビルの上から襲ってきたりする。 単純なレースではない。 ちなみにスタート地点で、 ウェイド自身は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』 の デロリアン DMC-12 に乗っている。 ガルウィングが開く、 80 年代アメリカ映画の象徴的な一台だ。 そして横を見ると、 隣のレーンに AKIRA 金田の赤いバイクにまたがった少女がいる。 アルテミスの愛車だ。 鉄拳ストリートファイターと並んで、 80 年代日本ポップカルチャーも画面の細部に散りばめられている。 アメリカ映画と日本サブカルチャーが、 同じレースのスタートラインに並ぶ。

5 年間、 このレースをクリアできたプレイヤーはいない。 全員がスタートから前進してゴールに向かおうとし、 全員が途中で脱落する。

ウェイドは、 ある試行錯誤の末に、 一つのことに気づく。 全員が前進している中で、 自分だけが逆走したらどうなるか。 スタート地点から後方へ車を走らせる。 道路の壁を突き破る。 すると、 通常は誰も見えない場所にショートカットの入口がある。 そこを通れば、 障害物を全部回避してゴールに到達できる。

流れに逆らう勇気を持つ者だけが、 第一の試練をクリアできる構造になっている。

ハリデー自身は、 オグデン・モロー (サイモン・ペッグ) と一緒に OASIS を作った人間だ。 後に二人は決別した。 ハリデーは群れから離れる選択を、 自分の人生で何度もしてきたと思われる。 第一の試練は、 「ガンターが集団でクリアを目指す」 という現象そのものに、 ハリデーが先手で逆らった設計に見える。

5 年間誰もクリアできなかったのは、 技術的な難しさのせいではない。「みんなが前進している」 という構図そのものに気づけなかったからだ。 群れの中にいると、 群れと違う方向に動くことが選択肢として現れない。 ハリデーは、 そこに気づく人間を最初に選別している。

3. 第二の試練『シャイニング』 — ハリデーの心残り追体験する仕掛け

第一の鍵を獲得したウェイドは、 第二の試練に進む。 ハリデーが残したヒントは、 「ハリデーが最も後悔していた瞬間」 についての謎掛けだ。

謎を解いたガンターたちが辿り着くのは、 スタンリー・キューブリック監督『シャイニング』 (1980) の世界だった。 OASIS の中に再現されたオーバールック・ホテル。 廊下の双子。「REDRUM」 の文字。 血の洪水。 ホラー映画の中で、 第二の鍵を探す。

なぜ『シャイニング』 なのか。 試練の中で明らかになる答えは、 ハリデーの個人的な記憶に直結している。

ハリデーは生前、 一人の女性を密かに愛していた。 キーラという名前の女性だ。 ハリデーは彼女をダンスに誘いたかったが、 一度も誘えなかった。 結局キーラは、 ハリデーの親友オグデン・モローと結婚した。 ハリデーとモローの決別の遠因はここにある。 ハリデーは生涯、 キーラを誘えなかった夜のことを後悔し続けた。

『シャイニング』 の試練の中で、 アルテミス (サマンサ) が、 ある場面でハリデーの過去のキーラと出会う。 そして、 過去のハリデー本人を見つけて、 「あなたが誘えなかったダンス」 を再演する。 過去のハリデーが踊れなかったダンスを、 アルテミスがハリデーの記憶の中で踊る。 第二の鍵は、 この場面の中で見つかる。

ここで、 ハリデーが遺言ゲームに込めたものの一つが見えてくる。 試練は単純な「ゲーム」 ではなかった。 ハリデーが生前に取りこぼした瞬間を、 後継者に追体験させる仕掛けだった。「鍵を見つける」 という形を借りて、 ハリデーは自分の心残りを後継者と共有しようとしていた。 OASIS の中の派手な戦闘や、 80 年代ポップカルチャーの引用の裏側に、 一人の男の個人的な後悔が準備されていた。

アルテミスがこの場面で踊る、 という配置にも意味がある。 アバター名アルテミス、 リアルでは サマンサ・クック。 彼女は OASIS の中の卵探しに参加しているガンターであると同時に、 リアルでは反 IOI の活動家として動いている。 OASIS の運営権が IOI のような巨大企業に渡ることに、 個人的な動機で抵抗している。 完璧なアバターの裏側には、 顔の右半分に大きなあざを持つ少女がいる。 ウェイドはやがて OASIS の中で彼女の素顔を知り、 アバターとリアルの関係を問い直していくことになる。 ハリデーの過去のダンスを再演する役を、 アバターとリアルの両側を抱える人物が踊る、 という配置は、 物語の後半への伏線として静かに置かれている。

4. 第三の試練『アタリ 2600 アドベンチャー』 — 卵を取らずに引き返すという選択肢

第三の試練のヒントは、 ハリデーが少年時代に世界で初めて発見したものについての謎掛けだ。

謎を解いたウェイドが辿り着くのは、 1979 年にアタリ社から発売されたゲーム『アドベンチャー』 の世界だった。 ピクセルの粗い、 2D の冒険ゲーム。 主人公は四角い点。 城があり、 ドラゴンがいる。 そしてこのゲームには、 ゲーム史上初めての「イースターエッグ」 が隠されていた。 開発者ウォーレン・ロビネットが、 自分の名前を隠したのだ。 ゲーム会社が開発者の名前をクレジットしてくれない時代に、 ロビネットは特定の場所に行くと自分の名前が画面に表示される、 という仕掛けをこっそり仕込んだ。 これが世界初の「イースターエッグ」 だった。

ハリデーが「卵 (Easter Egg) を獲得した者に遺産を譲る」 と言っていたのは、 文字通り、 このイースターエッグの伝統を引き継ぐ意味だった。

第三の試練でウェイドは、 この『アドベンチャー』 の城に入る。 ただ、 城に辿り着くまでに、 ウェイドは大きな戦いを経ている。 IOI 社長ソレントは、 卵をビジネスとして独占するために、 ガンター全員を「アノラック砦」 から締め出そうとしていた。 これに抵抗するガンター連合の総力戦が、 惑星ドゥームを舞台に展開する。 ここでウェイドの仲間たちが揃って画面に立つ。 アルテミス、 エイチ (リアル名ヘレン・ハリス、 演リナ・ウェイス、 黒人女性の整備士というリアル設定がアバターの大男像と二重に折り重なる)、 ダイトウ (吉相俊郎、 演森崎ウィン、 サムライ姿のアバターを操る日本の青年)、 ショウ (ゾウ、 演フィリップ・チャオ、 忍者姿のアバターを操る年少の中国系ガンター)。 そしてパーシヴァルとしてのウェイド。 5 人衆「ハイ・ファイヴ」 だ。

決戦で印象に残るのは、 ダイトウの一場面だ。 IOI 社長ソレントが操る巨大ロボ メカゴジラが、 ガンター連合を圧倒していく中、 ダイトウが日本語で「俺はガンダムで行く!」 と叫ぶ。 サムライ姿のアバターが、 機動戦士ガンダム RX-78-2 に変身する。 ビームサーベルでメカゴジラに一太刀。 ただし、 ダイトウが使った「グレガリアス 120」 というアイテムには 120 秒の変身時間制限があった。 時間切れと同時に、 メカゴジラの放射火炎を浴び、 ダイトウのアバターは退場する。 最終的にメカゴジラを撃破するのは、 エイチが召喚した『アイアン・ジャイアント』 と、 アルテミスの加勢だ。

スピルバーグはアタリ社のアメリカ製ゲームを試練の鍵に置きながら、 80 年代に日本のポップカルチャーが世界の子供たちの想像力をどう塗り替えたかを、 ダイトウの一場面に圧縮している。 ガンダムとメカゴジラが、 アメリカの監督が作る映画の中で日本語のセリフと共に戦う。 これも、 「相続することと、 相続を制限すること」 を同時にやる、 ハリデーの遺言の構造と通底している。 自分の領域を持ちながら、 別の文化に正面から場所を譲る、 という姿勢。

決戦を勝ち抜いた先で、 ウェイドは『アドベンチャー』 の城に一人で入る。 ここで、 ある選択を迫られる。 試練を「クリア」 することもできるが、 「ゲームをやめて引き返す」 こともできる。 引き返したガンターは、 卵を獲得できない。 でも、 引き返すこと自体が試練の答えの一部だったかもしれない。

ウェイドは結局、 卵を獲得する道を選ぶ。 そして、 ハリデー本人 (素顔のジム・ハリデー、 アノラックではない) が現れる。 ここで、 二人の最後の対話が始まる。

5. 「現実だけがリアル」 — VR の創設者が残した言葉

ハリデーはウェイドに告げる。

「現実は恐ろしくて苦痛に満ちているけど、 うまい飯を食べられる唯一の場所なんだ。 なぜなら、 現実だけがリアルだから」

OASIS の創設者が、 OASIS を相続しようとしている後継者に対して、「現実だけがリアルだ」 と言う。 この非対称が、 ラストの場面の核心になっている。

ハリデーは、 自分が作り上げた仮想世界の中に、 一生の時間の大部分を投じてきた。 親友モローとの決別も、 キーラを誘えなかった後悔も、 全部 OASIS の設計の中に織り込んできた。 そのハリデーが、 死ぬ前に気づいたのは、 OASIS の中では「うまい飯」 を食べられない、 ということだったらしい。 仮想世界で味覚を完璧に再現することは技術的にはできるかもしれない。 ただ、 ハリデーが言いたかったのは、 そういう次元の話ではなかったのだろう。

ウェイドは卵を獲得し、 OASIS の運営権を相続する。 そして、 ハイ・ファイヴの 5 人で共同経営することを決める。 アルテミスはこの相続の隣に立っている。 OASIS の中で 5 年間追いかけてきた相棒が、 ここで OASIS の外側 — リアル — に繋がる。 二人がリアルで会う場面、 顔のあざを隠さないままサマンサが現れる場面、 ウェイドが彼女の素顔を見る場面が、 ここまでの物語の到達点として置かれている。 そして、 もう一つ、 重要な決断をする。

「火曜と木曜は OASIS を停止する」。

OASIS を完全に閉鎖するわけではない。 ただ、 週に 2 日だけ、 全プレイヤーが OASIS にログインできない時間を作る。 火曜と木曜の 24 時間ずつ、 人々は現実の世界に戻る。 うまい飯を食べる時間が、 制度として確保される。

週 2 日という設定そのものは、 たぶん本質ではない。 1 日でもいいし、 週末だけでもいい。 重要なのは「OASIS を停止できる選択肢を、 運営者が持つかどうか」 だ。 OASIS を相続することと、 OASIS を制限することを、 同時に引き受けられる人間性。 リアルを大事にする側を、 選び続けられるかどうか。 ハリデーは 5 年かけてこの人間を選別していた。 流れに逆らう勇気を持つ者を第一の試練で選び、 個人的な後悔を追体験できる者を第二の試練で選び、 そして第三の試練で、 「ゲームから降りる」 という選択肢の存在に気づける者を最後に選んだ。

おわりに. リアルな飯がある場所

『レディ・プレイヤー1』 を観終わったあと、 残るのは派手な OASIS の戦闘シーンの記憶ではない。 ハリデーが最後に言った「うまい飯」 という一語が、 仮想世界の外側にしかない時間の手触りを連れて、 観客の中に残る。

スピルバーグはこの作品の中で、 自分の過去作 (E.T. もジュラシック・パークも) を画面に出すことを意識的に避けた。 自作言及が自惚れになることを警戒した、 とインタビューで語っている。 80 年代ポップカルチャーは画面に溢れているが、 スピルバーグ自身のポップカルチャーは混ぜなかった。 これも、 ハリデーの遺言の構造と通底している。「相続することと、 相続を制限すること」 を同時にやる姿勢。 スピルバーグは自分の作家性を作品の中に大量投入することを、 ハリデーの態度と並べてあえて避けている。

2018 年公開時、 本作は「VR の未来を予言した映画」 として受け取られた部分がある。 メタバースという言葉が流行り、 仮想空間に没入することが新しい消費の形として語られた。 公開から 9 年が経ち、 メタバース疲れと呼ばれる現象が現れ始めた今、 改めてこの映画を観ると、 ハリデーが遺言で言いたかったのは、 たぶんもっと単純な、「リアルを大切にしてほしい」 という一言だったように思う。

「うまい飯」 を食べるためには、 OASIS にログインしている時間を一旦切る必要がある。 ハリデーが遺言で「現実だけがリアル」 と言ったのは、 仮想世界を否定したかったからではない。 自分が生涯作り続けてきた OASIS の中に、 「うまい飯」 の場所だけは作れなかったということ、 そしてそれを後継者に渡したかったということ。 火曜と木曜の 24 時間は、 そのための時間の確保にすぎない。

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