夏目漱石『こころ』を読む ——襖一枚、越えられなかった人の話
高校の現代文で『こころ』を読んだ人は多い。教科書に載っているのはたいてい「下 先生と遺書」の一部で、ノートには「明治の精神」と書き込んだ記憶が残っているかもしれない。試験では、Kがなぜ自殺したのか、先生がなぜ自殺したのかを、それらしい言葉でまとめた。そうして一度、わかった気になって本を閉じた。
夏目漱石が『こころ』を書いたのは1914年、亡くなる二年前のことだ。同じ年の四月から八月にかけて、「心 先生の遺書」という題で朝日新聞に連載され、秋には岩波書店から単行本になった。装丁は漱石自身が手がけている。百年以上前の小説が、いまも高校の教室で読まれ続けている。
ただ、大人になってから読み返すと、痛む場所が変わる。「明治の精神」でも「三角関係」でもない。先生とKの部屋を隔てていたのは、襖一枚だった。たった一枚の紙の向こうで、親友は喉を切って死んだ。先生はその薄さを、越えられなかった。そして自分の罪を、隣で生きている妻にではなく、死を前提にした一通の手紙でしか、誰かに渡せなかった。——これは、いちばん近い人にこそ届かない、その距離の話なのかもしれない。
1. 鎌倉の海と、翳りのある人——「私」が惹かれた距離
物語は、若い「私」が鎌倉の海で「先生」と出会う場面から始まる。学生の「私」には田舎に両親がいて、夏の海水浴場で、一人の年上の男に目を留める。それが先生だ。なぜ惹かれたのか、「私」自身もうまく説明できない。ただ、その人のまわりにある静けさと、どこか人を寄せつけない翳りに、引き寄せられていく。
先生は東京で、妻と二人、静かに暮らしている。働きに出るわけでもなく、人と深く交わるわけでもない。「私」が訪ねていっても、打ち解けたかと思えば、ふっと壁を作る。先生はあるとき「私」に、こんなことを言う。恋は罪悪ですよ、と。その言葉の重さの出どころを、このときの「私」はまだ知らない。
先生には、若い頃に負った傷がある。早くに親を亡くし、信頼していた叔父に財産を欺かれた。人を信じた結果、裏切られた。その経験が、先生に「人間というものは、いざとなると誰でも悪人になる」という見方を植えつけた。だが先生の翳りの本当の芯は、叔父に欺かれたことではない。先生自身が、かつて一人の人間を裏切った——その記憶のほうにある。それが明かされるのは、物語のずっと後だ。
先生が「誰でも悪人になる」と言うとき、その「誰でも」には、先生自身が入っている。叔父に欺かれたあいだは、まだ自分は信じた側、裏切られた側でいられた。本当に先生を変えたのは、自分もまた、いざとなれば友を出し抜く側に回る人間だった、と知ってしまったことだ。だから先生のあの言葉は、世間への警句ではなく、自分についての告白に近い。「私」に向かって恋は罪悪だと言うとき、先生は、ずっと前に自分が犯した罪のほうを見ている。
「上 先生と私」で漱石が丁寧に描くのは、この「わからなさ」だ。「私」は先生を慕いながら、その過去に手が届かない。先生は語りたがらず、しかし「いつか話す」とだけ約束する。読者もまた、「私」と同じ位置に立たされる。近くにいるのに、その人の中心にあるものが見えない。この距離こそが、最後に開かれる遺書への長い助走になっている。
2. 襖一枚の下宿——同じ屋根の下に置かれた三人
遺書のなかで、先生は自分の学生時代を語り出す。叔父に欺かれて郷里を捨てた先生は、東京で下宿を探し、軍人の未亡人である「奥さん」と、その娘「お嬢さん」の住む家に間借りすることになる。お嬢さんの名は、静という。先生は次第に、この静に惹かれていく。
そこへ、もう一人が加わる。先生の同郷の友人、Kだ。Kは浄土真宗の寺の次男で、医者になるという約束で養家から学費を出してもらっていた。だが本人は宗教や哲学の「道」に進みたいと願い、その食い違いがもとで養家からも実家からも勘当されてしまう。孤立し、すり減っていくKを見かねて、先生は自分の下宿に彼を引き取る。同じ屋根の下で、Kを立ち直らせようとしたのだ。
Kという人間を、先生は誰よりも買っていた。物に動じず、欲を削り、ただ「道」のためだけに生きようとする。その求道者めいた強さに、先生は引け目さえ感じていた。そんなKが、恋の前で揺れた。先生にとってそれは、手の届かなかった友がはじめて自分と同じ高さに降りてきた瞬間であり、同時に、自分が出し抜けるかもしれない隙が見えた瞬間でもあった。先生の中で、友への敬意と、人としての醜い計算とが、同じ胸の中に同居してしまう。
ここに、奇妙な三角形ができる。先生と、K、そして静。先生は静への思いを胸にしまったまま、Kと静を引き合わせてしまう。やがてKもまた、静に惹かれていく。先生はそれに気づきながら、はっきりとは認めたくない。下宿の中で、三人の距離は少しずつ近づき、同時に、誰も本当のことを言わないまま、息のつまる均衡が続いていく。
このとき、先生とKの部屋は襖一枚で仕切られていた。声も、寝返りの音も、伝わる。だが肝心なことは、その一枚を越えない。お互いに静を思っていることを、二人は口にしない。襖は、開けようと思えばいつでも開けられる。それなのに、二人のあいだにある本当のことだけが、その薄い紙を越えられなかった。漱石はこの下宿を、近さと隔たりが同居する場所として書いている。
3. 投げ返した言葉——「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」
ある日、Kが先生に打ち明ける。静が好きだ、と。先にその思いを言葉にしたのは、Kのほうだった。このときの先生の動揺は、すさまじい。出し抜かれたという焦りと、友を思う気持ちと、恋の前で崩れていく友情とが、いちどに胸の中でぶつかる。けれど先生は、表向きには冷静を装う。
そして先生は、かつてKが自分に向けていた言葉を、そのままKに投げ返す。「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」。もともとこれは、道のために生きると言っていたK自身が、己を律するために口にしていた言葉だった。恋に迷うことは、その「道」から外れることだ——先生はKの理想を逆手に取り、彼の恋を諦めさせようとした。自分の言葉ではなく、かつて相手が握っていた言葉を、相手に向けたのだ。
Kは黙り込む。そして後日、「覚悟、——覚悟ならないこともない」とつぶやく。この「覚悟」という言葉を、先生は恐ろしく感じる。Kが静への思いを貫く覚悟を決めたのだ、と受け取ったのだ。焦った先生は、卑怯な先回りをする。Kに何も告げないまま、奥さんに「お嬢さんを下さい」と申し込み、承諾を取りつけてしまう。
決定的なのは、その後だ。先生はKに、自分が静との結婚を決めたことを、自分の口から言えなかった。Kがそのことを知ったのは、奥さんの口からだった。襖一枚を隔てた隣の部屋にいる友に、先生はいちばん大事なことを、面と向かって言えなかった。投げ返した言葉でKを牽制することはできたのに、自分の裏切りを告げる言葉だけは、その一枚を越えられなかった。
後になって思えば、Kの言った「覚悟」が何を指していたのかは、はっきりしない。静への思いを貫く覚悟だったのか、それとも、その思いを断ち切る覚悟だったのか。あるいは、もっと先のことまで見据えていたのか。先生はそれを、いちばん怖い方向に読んだ。Kが自分を出し抜くのではないか、と。先生の先回りは、Kの覚悟そのものというより、その言葉に映った自分自身の恐れに向かって打たれた一手だったのかもしれない。
4. 襖の向こうの夜——遺書が恋に触れなかったこと
それから数日後の夜のことだ。Kは自分の部屋で、剃刀で頸動脈を切って死ぬ。先生とKの部屋を仕切る、あの襖一枚の向こうで。先生が異変に気づいて襖を開けると、血がその襖にまで飛んでいた。あれほど近くにいて、先生はその夜、何も知らずに眠っていた。
Kは、机の上に遺書を残していた。先生がまず怖れたのは、そこに静のことが、自分の裏切りのことが書かれていることだった。だが、Kの遺書には、恋のことは一言も書かれていなかった。「自分は薄志弱行で、とうてい行く先の望みがないから死ぬ」。書かれていたのは、そういう意味のことだけだった。静の名も、先生への恨みも、そこにはない。
この「書かれていなかった」ことが、先生を生涯にわたって縛る。もしKが恋に破れて死んだのなら、先生の裏切りが原因だと名指しでき、罪にも責めにもはっきりとした形が与えられたはずだ。けれどKは、恋にはひとことも触れず、ただ自分の弱さだけを書いて逝った。そのために先生は、自分のせいなのか、それともKはもっと深いところで行き詰まっていたのかを、最後まで決められない。終わらせる手がかりのない罪を、決着のつかないまま生涯抱えていくことになった。
先生は静と結婚する。願っていた相手と結ばれたはずなのに、その家庭の中心には、口にできない死がある。先生は静に、Kの死の真相を、ついに告げなかった。襖一枚の向こうで親友を死なせた人が、今度は自分の妻と、見えない一枚の沈黙を隔てて暮らしていく。いちばん近いところにいる人にこそ、本当のことを渡せない。先生の翳りは、この沈黙からにじみ出ていたのだ。
静は、夫が自分を愛していることを知っている。それでいて、夫がなぜこんなにも人を避け、ときおり遠くを見るのか、その理由を最後まで知らされない。先生は静を守るために真相を伏せたとも言えるし、自分の弱さを見せたくなかったとも言える。どちらにしても、守られたはずの静のほうは、理由のわからない翳りと並んで暮らし続けることになる。打ち明けられなかった先生と、知らされなかった静は、同じ屋根の下にいながら、年を追うごとに離れていった。
5. なぜ”いま”だったのか——明治の終わりと、一通の手紙
ここで一つ、引っかかることがある。Kが死んだのは、先生がまだ学生だった頃だ。そこから先生は、十数年を生きている。罪を抱え、人を避け、それでも死なずに生きてきた。では、なぜ先生は”いま”——「私」と出会って間もないこの時期に、死を選んだのか。
きっかけは、明治天皇の崩御だった。続いて、乃木希典夫妻が後を追って殉死する。乃木大将は、西南戦争で軍旗を奪われた負い目を長いあいだ抱え続け、天皇の死とともに、自らの命でその負い目を清算した。その報せに触れたとき、先生の中で何かがほどける。先生は妻に、半ば冗談のように、もし自分が殉死するなら明治の精神に殉死するつもりだ、と漏らす。そして、その言葉どおりに行く。
「明治の精神に殉死する」という言葉は、教科書では時代論として説明されることが多い。けれど先生にとってそれは、時代そのものというより、自分が生きてきた時間に区切りをつけるための口実に近かった。乃木大将が長年の負い目を死で閉じたように、先生もまた、Kの死から続いてきた長い負い目を、どこかで閉じたかった。明治の終わりという大きな区切りは、先生にとって、ずっと延ばしてきた決着をようやく許す合図になった。
そして先生は、その告白を、長い長い手紙にして「私」に送る。妻の静にではなく、まだ若い「私」にだけ。手紙の中で先生は、この過去を静には知らせないでほしい、と頼む。生きて隣にいる妻には最後まで言えなかったことを、先生は、死を前提にした手紙でなら、ようやく書けた。面と向かっては越えられなかった距離を、紙の上で、しかも自分が死ぬという前提を置いて、はじめて越えたのだ。
なぜ、妻でも、古い知人でもなく、出会って間もない若い「私」だったのか。近すぎない相手だからこそ、先生はすべてを書けた。静に告げれば、二人で築いてきた歳月そのものが揺らぐ。けれど「私」は、先生の過去を共有しておらず、利害もしがらみもない。遠いからこそ、まっすぐ届けられる——先生の告白は、その遠さを必要としていた。
「中 両親と私」で、漱石はこの手紙の重さを別の角度から照らす。手紙が届いたとき、「私」の父は危篤だった。それでも「私」は、危篤の父を郷里に残し、東京行きの汽車に飛び乗ってしまう。先生の告白は、それを受け取った「私」を、死にゆく父の枕元から引き剥がしてしまった。
おわりに
『こころ』を「明治の精神」の物語として読むと、先生の死は時代の終わりに回収されていく。「三角関係の悲恋」として読むと、Kの死は失恋の大きさに縮められていく。けれど大人になって読み返すと、もっと手前のところで足が止まる。先生が襖一枚をついに越えられなかったという薄さが、いちばん応える。
襖は、一枚の紙だ。開けようと思えば、いつでも開けられる。声は届くし、寝息も聞こえる。それなのに、先生はその一枚を越えて、Kに本当のことを言えなかった。静にも言えなかった。いちばん近くにいる人との間にあった薄い隔てが、十数年かけて、誰にも越えられない壁に育っていった。先生がようやくその一枚を越えられたのは、相手が「私」という遠い若者で、しかも自分が死ぬという、二重の遠さを置いたときだった。
近い人にこそ、紙一枚分のことが言えない。言えないまま抱えているうちに、その一枚はだんだん厚くなっていく。先生は、その一枚を生きているうちに越えられなかった人として、いまも教室の片隅で読まれ続けている。先生が越えられなかったその一枚を、私たちは、その人がまだ襖のこちら側にいるうちに、開けることができるだろうか。
