G-0C41NE8DJB 『孫子』孫武 — 最上の勝ちは、戦わないことである|亀吉の呟き
亀吉の書評

『孫子』孫武 — 最上の勝ちは、戦わないことである

『孫子』孫武 — 最上の勝ちは、戦わないことである
yoshiomi
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勝つための本ではない

『孫子』は、どう戦えば勝てるかを説いた本だと思われている。二千五百年ほど前の中国で書かれた、兵法の書。戦の書。ところが読み進めると、この本がいちばん強く勧めているのは、戦わずに済ませることだと気が付く。勝つ技術の本という顔をしながら、その芯にあるのは、できることなら戦うな、という慎重さのススメである。

書いたのは孫武という人で、春秋時代の末、いまから二千五百年ほど前に生きた。斉に生まれ、呉の王に将軍として仕えたと伝わる。ただ、その人となりを確かめられる史料は少なく、後の世には、孫武など本当にいたのかと疑う声さえあった。その疑いがほどけたのは、ずっと後のことになる。

土の中から出てきた札

疑いが解けたのは、1972年のことだ。山東省の銀雀山という場所で前漢の墓が掘り返され、竹の札に書かれた『孫子』の十三篇と、それとは別の『孫臏兵法』が、一緒に出てきた。孫臏は孫武の子孫にあたる、後の時代の兵法家だ。長いあいだ、この二人はしばしば取り違えられ、同じ一人ではないかとも言われてきた。土の中から二つの書物が並んで出てきたことで、孫武と孫臏は別の人であり、別の本を書いたのだと、ようやくはっきりした。二千年以上も土に埋もれていた札が、一人の兵法家の輪郭を、地上に戻したことになる。

したがってこの本は、机の上だけで書かれた理屈ではない。人が数えきれないほど死ぬのを間近で見た時代の、生き死にの現場から絞り出された言葉なのである。

兵は国の大事なり

『孫子』は全部で十三篇ある。その最初の篇、計篇は、よく知られた一行から始まる。兵は国の大事なり。戦争は、国が生きるか死ぬかを分ける大事である、という意味だ。

短い言葉だが、ここに孫武という人の姿勢が全て入っている。兵は国の大事、と言い切ったすぐあとに、孫子はこう続ける。死生の地、存亡の道、察せざるべからず。兵とは、人が生きるか死ぬかの地であり、国が保つか滅ぶかの分かれ道だ。だから、深く見きわめないわけにはいかない、という意味だ。戦とは、国の生死の分かれ道だ。人が死に、蓄えが尽き、田畑が荒れる。一度始めれば、途中で軽々に引き返せない。だから、始める前によくよく考えぬけと孫子は言う。勇ましく打って出ることを勧めるより先に、まずその重さを見よ、という並びで書かれている。冒頭の一行がこれである本を、勝ち方のハウツーとだけ読むと、大事なところを読み飛ばすことになる。

孫子は、戦を始める前に彼我をはかる物差しを並べる。政治がまとまっているか。天の時はどうか。地の利はどうか。将に才があるか。軍の仕組みが整っているか。こうした条件を一つずつ照らし合わせて、勝てる見込みが立つかどうかを、机の上で先に確かめる。戦の熱に酔う前に、そろばんを弾く人物だった。

戦わずして勝つ

三つ目の篇、謀攻篇に、この本でいちばん名高い言葉が出てくる。百戦百勝は善の善なる者に非ず、戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり。百回戦って百回勝つのは、最善ではない。戦わずに相手を屈服させることこそが、最善なのだ。

読んだ時、多くのものがハッとさせられるだろう。兵法の本なのだから、百戦百勝こそ理想だと書いてありそうなものだ。ところが孫子は、それを最善から外している。百回勝つあいだに、こちらもすり減る。兵は疲れ、蓄えは減り、勝ったころには国が痩せている。だから、いちばんいい勝ち方は、そもそも刀を抜かずに、相手にこちらへ刃向かう気を起こさせないことだった。

孫子は勝ち方に段をつける。最も上は、相手のはかりごとを、動き出す前にくじくこと。次が、相手の同盟を切りはなして孤立させること。その次が、相手の軍を野で討つこと。そして最も下が、城を攻めることだ。力ずくの攻城戦を、孫子はいちばん下に置いた。血を流す戦は、上策ではなく、やむを得ずたどりつく下策なのだ。刀のぶつかり合いを頂点に置かなかったところに、この兵法家の目のつけどころがある。

なぜ攻城が最も下なのか。孫子はその理由を、丁寧に書いていく。城を攻めるための大きな盾や車をこしらえ、道具をそろえるのに三月かかる。城壁に取りつくための土の坂を築くのに、さらに三月かかる。半年を費やして、それでも将が焦りを抑えきれず、兵をありのように城壁へ這い上がらせれば、三人に一人が死んで、なお城は落ちない。これを攻めの災いという、と孫子は書いている。半年の待ちと、味方の三分の一の命。それが、力ずくで押す戦の値札だった。だから孫子は、そこへ至る前に、はかりごとと外交で片をつけよと説く。刀を抜くのは、勘定の合わない最後の選択なのだ。

始める前に決まる戦

では、戦わずに勝つ見込みは、どこで生まれるのか。孫子の答えははっきりしている。始める前だ。

形篇に、こうある。勝つ軍は、まず勝ってから戦う。負ける軍は、まず戦ってから勝とうとする。強い者は、戦端を開く前に、もう勝っている。負けない構えをこちらが先に整えておいて、相手が崩れる時を待つ。勝ちは、戦場のいきおいで転がりこんでくるものではなく、始まる前の備えのほうで、ほとんど決まっている。ここでも孫子は、その場の勢いより、事前のそろばんを信じている。

その備えの土台になるのが、知ることだ。謀攻篇のいちばん名高い一行が、これを言う。彼を知り己を知れば、百戦して殆(あや)うからず。相手の実情を知り、自分の実情も知っていれば、百たび戦っても危ういことはない。逆に、相手も自分もわからないまま戦えば、そのたびに危うい。孫子にとって、勝敗を分けるのは腕っぷしの強さより、どれだけ見えているか、だった。強がりで目をふさぐより、弱みを正しく数えるほうを、孫子は重要視した。

この一行は、しばしば前半だけ切り取られて出まわる。だが孫子の言い分は、彼を知り己を知れば、で終わってはいない。相手を知らずに自分だけを知っていれば、勝ったり負けたりする。相手も自分も知らなければ、戦うたびに必ず危うい。つまり自分を知っているだけでは足りず、相手を同じ精度で知って、はじめて危うさが消える。己を知るのは半分にすぎない。残りの半分、相手を正しく見積もる冷静な目が、そろわなければ勝ちは見えてこない。勝ちたいという熱は、たいていこの残り半分を見にくくさせる。

長く戦えば国が痩せる

作戦篇に入ると、孫子はふたたびそろばんをはじき始める。軍を動かすのにいくらかかるか。戦車、武具、糧食、遠くまで運ぶ費え。日々、莫大なものが出ていく。戦とは、勇気の問題である前に、まず金と兵糧の問題だった。

そのうえで孫子は言う。兵は拙速を聞くも、いまだ巧久を睹(み)ざるなり。多少まずくても早く切り上げた戦はあっても、うまく長引かせた戦など見たことがない、という意味だ。長引けば兵は疲れ、気はくじけ、蓄えは底をつく。そこを狙って別の敵が動きだす。だから、どうしても戦うなら、短く終わらせろ。孫子は勝ち方を教えるより先に、勝っても長ければ損はふくらむという当たり前を、繰り返し念押しする。

損を抑える工夫も、孫子は抜かりなく書く。遠い戦場まで自国の兵糧を運べば、運ぶそばから費えがかさみ、国はやせる。だから賢い将は、糧を敵地で得る。相手の蓄えを奪って自軍を養えば、はるばる本国から運ぶ手間が省け、国の蔵は削られずにすむ。勝つことそのものより、どう安く済ませるかに、孫子の筆はよく動く。勇ましさの本を開いたつもりの読み手は、ここでもういちど、孫子が算術家に近いことに気づく。戦の勝ち負けは、腕よりも勘定で決まると、孫子は繰り返している。

戦が長引いて国が得をしたためしはない。この一行は、勝てば得だと思いがちな読み手の頭を、もう一度冷ます。勝っても、長ければ失う。得るものより失うもののほうが大きい戦を、そもそも始めるな。孫子の慎重さは、臆病とは違う。

詭道ということ

ここで、孫子のもう一つの有名な言葉に触れておきたい。兵は詭道なり。戦とは、敵を欺く道である、という言葉だ。

この一行だけを取り出すと、孫子はずいぶんずる賢い人物に見える。強そうに見せて弱く構え、近くにいて遠くにいるふりをする。相手を惑わし、隙を作らせる。正々堂々の反対のようで、卑怯だと感じる人もいる。

孫子は欺きのやりようを、いくつも並べる。利で釣って誘い出す。相手が乱れたところをすかさず取る。守りが厚ければ手を出さずに備え、勢いが強ければまともに当たらず避ける。怒りっぽい相手はわざと挑発して我を忘れさせ、驕った相手はさらに驕らせて油断を誘う。休んでいる敵は動かして疲れさせ、仲のよい相手は裂いて孤立させる。並べてみると、どれも相手の心のたわみに指をかける手ばかりだ。正面から力を競うのではなく、相手が自分から崩れる筋を探す。孫子の欺きは、その筋を見つけるための観察の別名である。

けれど、この欺きは、戦を楽しむための小細工ではない。ねらいは、戦を短くし、味方の血を減らすことにある。まともにぶつかれば双方に山のような死人が出る。それを避けるために、まず相手の構えを崩す。孫子の欺きは、力の誇示の反対側にある。正面からの力比べこそ雄々しいと思う人には、この慎重さは物足りないかもしれない。だが孫子が見ていたのは、雄々しさではなく、失われる命の数だった。欺いてでも早く終わらせるほうが、堂々とぶつかって長く殺し合うより、死ぬ者は少なくなる。

知ることに戻る

十三篇のいちばん最後の篇は、用間篇という。間とは、間諜、いまでいう情報を運ぶ人のことだ。孫子は、五つの種類の間を挙げる。土地の者を使う間。敵の役人を抱きこむ間。敵の間を寝返らせる間。偽りを敵に信じこませる間。敵地に入って、生きて戻ってくる間。

五つのなかで孫子がとりわけ重んじたのは、敵の間を寝返らせて味方に使う間、反間だった。この一手がうまくいけば、残る四つの間も生きてくる。だから反間には、いちばん手厚く報い、いちばん深く遇せよと孫子は言う。敵の内から敵を知る筋を一本通しておくことが、すべての知るの起点になる。逆に言えば、そこを渋る将は、目をふさいだまま大軍を動かすことになる。

最後の篇で、孫子が情報の話に帰ってくるのは、偶然ではない。始まりの計篇で彼我をはかり、真ん中の謀攻篇で彼を知り己を知れと説き、終わりの用間篇で、また知ることに戻る。孫子にとって、戦の勝ち負けは、刀を交える前の、見えているか見えていないかで、もう大半が決まっている。情報は、天から降ってはこない。人が足で運んでくる。だから孫子は、間諜に払う金を惜しむなと言う。人ひとりを敵地に送りこむ手当てを惜しんで、大軍を長々と戦場に置くほうが、よほど高くつくのだから。爵位や金を渋って敵の内情を知らずにいるのは、いちばん高い浪費だ、と孫子は書いている。何万の兵を養う費えに比べれば、間諜ひとりの手当てなど、けたが違うほど安い。その安い出費を惜しんで大敗する将を、孫子はいちばん愚かだと見ていた。

戦わないという勝ち

『孫子』は、いまでは仕事術や処世術の本として読まれることが多い。競争に勝つための戦略書、交渉を有利に運ぶための虎の巻。書店の棚では、たいていそういう顔をして並んでいる。もちろん、そう読めなくはない。だが、その読み方だけで閉じると、この本のいちばん芯にあるものがこぼれ落ちる。孫子が何度も立ち返ったのは、勝ち筋の設計ではなく、失われるものの大きさだった。人が死ぬ。国がやせる。だから、勝てるかどうかの前に、そもそもやるべきかを問え。処世術に縮めて読むと、この一等大事な問いが、勝つための手段の一つにすり替わってしまう。

こうして十三篇を通してみると、『孫子』は、勝ち方を教える本というより、負けを減らす本に見えてくる。どうしても戦うなら短く。血を流すのは最後の手段。いちばんいいのは、そもそも戦わずに済ませること。強さを誇るための本ではなく、失うものを見張るための本だった。

孫子が生きたのは、国と国が絶え間なくぶつかっていた時代だ。勝った側にも、山のような犠牲が積み上がるのを、孫子は間近で見ていた。だからこの本の勧める「戦わずして勝つ」は、卓上のきれいごとではない。失うものの重さを知り尽くした人が、それでも失いたくなくて、絞り出した最上の策なのだ。

勝ち続けたいと願う者に、孫子は、もっと強くなれとは言わない。むしろ、勝ち続けることのほうが身を細らせると言う。数えるべきは勝ち星の数より、その勝ちのために何を失ったか、これから何を失うのか、失うものの重さのほうだと諭す。戦わずに済むなら、それが最上だ。戦わないことは、逃げでも弱さでもない。何が失われるかを誰よりも知っている者だけが選べる、いちばん上の勝ちだった。二千五百年前の兵法家が竹の札に書き残したのは、勝ち方の技術ではなく、勝たなくてよい戦を見抜く目のほうだ。

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こんにちは。亀吉です。 仕事の合間にブログを書いています。 このブログは、どこまでも個人的で恣意的な思想の表明です。思うままに・・・ 映画と本が好きです。その他音楽や登山など。
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