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「ファーストマン」という映画について

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『ファースト・マン』という映画がある。

2018年に公開された本作は、アメリカの宇宙飛行士ニール・アームストロングの人生を描いた作品である。監督は『セッション』や『ラ・ラ・ランド』で知られるデイミアン・チャゼル。彼の作品には一貫して、孤独と献身、静けさと情熱、そして“自分自身との対話”という主題が流れている。

『ファースト・マン』もその延長線上にある。 ただ、これまでの作品とは違い、本作では極限まで削ぎ落とされた演出と音の少なさが印象的だ。(宇宙映画には静寂は付きものであるが、この作品は特に不必要なものを削ぎ落とされた印象が強い。ゼロ・グラビティとは違う静寂のように感じる。これは私だけだろうか?)

過剰な説明も、劇的な音楽もない。ただ淡々と積み重ねられる時間がある。その静けさのなかで、確かに心を震わせる何かがある。
(言わずもがな、それは俳優たちの素晴らしい演技があってこそなのだが)

物語の中心にあるのは、ニール・アームストロングという人物の月面着陸までの道のりである。しかしこの映画は、宇宙開発の栄光や科学技術の進歩を描く映画ではない。むしろ、彼が背負っていた“喪失”や“孤独”、そしてそれとどう向き合っていくか、という内面的な物語が主軸になっている。

映画の冒頭、彼は愛娘を病で亡くす。 この出来事が、彼のその後のすべての行動に影を落とす。娘を失った男の沈黙。その沈黙の奥にある痛みは、言葉にならない。家族のなかでも、仲間のなかでも、彼はどこか一線を引いたように存在している。何かを守っているようで、何かから逃げているようでもある。それは何かに囚われているようでもある。

映画は一貫して彼の視点から描かれる。宇宙船内の映像は極端に狭く、手持ちカメラで揺れ、視界も悪い。(数千万のカメラを使用しているノーランとは全く違うアプローチである)

その閉塞感が、不安定な金属の塊の中で命を預けて飛ぶ感覚を、観客の体感として伝えてくる。同時にそれは、彼の内面をも象徴しているように感じられる。閉じられた空間、聞こえるのは自分の呼吸と機械の音。それが宇宙船の中だけでなく、彼という人物の心の中にもある。

月面に降り立つ場面もまた、静かで、孤独だ。音楽が抑えられ、代わりに聞こえるのは呼吸音や足音。派手な演出など一切ない。だからこそ、その静けさが、彼の心の奥底で響いていた感情と共鳴しているようにも感じる。

彼は月に降りたのではなく、自分の内面の深みに降りたのかもしれない。過去を、喪失を、悲しみを、ひとつずつ携えて。その先で、彼はある行動をとる。小さな仕草だが、それがこの映画全体の意味を象徴しているようだった。

「ファースト・マン」というタイトルは、もちろん彼が月に最初に降り立った人間であることを指している。しかしそれは同時に、彼が誰よりも先に、深い孤独の中へと降りていった存在でもある、ということなのかもしれない。人類未到の地で、名もなき感情と向き合っていたのかもしれない。

デイミアン・チャゼルという監督の描く人物たちは、常に何かを犠牲にし、何かを追いかけている。『セッション』では音楽の頂点、『ラ・ラ・ランド』では夢と恋、そして本作では、誰にも語られないまま抱え続けた喪失と対峙すること。それは表面ではない、もっと深く、誰にも見えないところで起きている闘いだ。やはりデイミアン・チャゼルという監督は仕事と家庭の両立は難しいということをいつも伝えている気がする。

本作においてライアン・ゴズリングが演じるアームストロングは、決して雄弁ではない。感情を爆発させる場面もない。だがその沈黙と眼差しのなかに、確かに多くのものが詰まっている。
(ライアン・ゴズリングはこういった演技が非常に上手い。ブレードランナーのような。)

『ファースト・マン』は、ただの伝記映画ではない。 それは、静かに誰かを喪ったすべての人に向けられた、優しい祈りのような作品である。

興行面においては、本作は全世界で約1億500万ドルの興収を記録した。製作費が6000万ドルであったことを考えると赤字ではないものの、爆発的なヒットというにはやや届かなかった印象を受ける。宇宙映画と言っても『ファーストマン』の名前が上がることは少ないだろう。

また、アメリカ国旗を月面に立てる場面が描かれなかったことが保守層の反発を呼び、興行に多少の影響を与えたとも言われている。気がついたら月にアメリカ国旗が立てられていたのは少し驚いた。あくまでこの映画は、月に行く映画・宇宙映画ではないのだろう。

ただし、批評家からの評価は高く、アカデミー賞では視覚効果賞を受賞。他にも音響編集や美術賞、主演男優賞などでノミネートを果たし、その芸術性や演出の緻密さには多くの賞賛が集まっている。全く関係ないがデイミアン・チャゼルの映画はどことなくお洒落な映画が多い気がする。人生にとっての後悔や余白といったものを大切にしている監督のような気がしている。

『ファースト・マン』は、決してすべての観客に届けられる類の映画ではないかもしれない。だがこの作品が我々に与えてくれる感情は、他の宇宙映画が与えるものと明確に異なっている。

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