【筆者コラム】親ガチャ、ってどう思います?

本日は企業紹介ではなく、私の書きたいことを書かせてください。
お題は「親ガチャ」についてです。最近はあまり聞かなくなりましたが、少し間まではSNSやニュースなんかでも「親ガチャ」という言葉をよく耳にしたものです。
今回は親ガチャに関して書かせてください。
意味は皆さんご存知だとは思いますが、子はどんな親の元に生まれてくるか選ぶことはできず運任せになってしまうことを、ソーシャルゲームのガチャになぞらえて表現したものです。簡単に言えば親をランク付けしてアタリかハズレか判断しちゃうよ、って感じです。
いや~ほんとに怖い時代になりました。将来子供にうちの親ハズレだなって思われてしまったら、なんて考えるだけで恐ろしいです。「息子・・すまない・・」となってしまします。
結論、僕はこの言葉があまり好きではありません。逆に好きな人います?って感じですが(笑)
僕自身、親のことは好きです。感謝していますし、尊敬もしています。違う親が良かった。もっと違う環境に生まれたかった。と思ったことは1度もありません。(強いて言うなら、イギリス人とかイタリア人に生まれたかったな~とかその程度です)
なので、そんな親のことをまるでゲームのように「親ガチャ」とか「うわ~親ガチャ失敗したわ」と(本気ではないのかもしれませんが)言っている人を見ると僕自身、なんだかとても悲しい気持ちになります。
しかし、一回冷静になって考えてみると、そう言えるのは僕自身が恵まれた親の元に生まれたからなのではないか?と思ってしまいます。
例えば親が毎晩酒に任せて怒鳴ってくるような環境だったら、、父親が母親に対して手を挙げているのが日常だったら、、そう考えてみると、違った見方もできるようになります。
私は小さいころから親は子供のことを愛しているものだと思ってきました。しかしながら成長するにつれ、世間のこと知るにつれ「親とは必ずしも自分の子供のことを愛している存在ではない」ということを理解するようになりました。これは本当に悲しいことだと思います。
そして僕のように(比較的)恵まれた環境で成長した人間に
「親から愛されているという実感」がなく成長した人間の気持ちを
きちんと理解することはできないと思います。
そういう意味で、例えば家庭内環境と成功の関係性という側面で見てみても
「成功に親ガチャなんて関係ないよ。結局自分が頑張ったかどうかでしょ」と簡単には言えないような気もしてしまいます。それはあまりに視野が狭いかもしれません。
もっと言ってしまえば(言い過ぎかもしれませんが)、あなたが例えばアフリカの今日生きるための食事さえ確保できるかどうか分からない、環境に生まれたとして(おそらく彼らは本当に悲しいことに世界がどんな風に回っているのか、海の先にいる人々がどのように生活しているのさえ知らないので他の親の元に生まれたかった、と考えることさえないのかもしれませんが)その環境を憎むことせずに、せっせと「自分次第だな」といって努力することができるでしょうか?
確かに、サッカーのネイマール選手や,この前までプロ野球で活躍していたラミレス選手など、貧しい環境から這い上がって素晴らしい生活をしている人々もいます。でもそういう人って、当然ですがほんの一握りです。
なので僕自身、そのような環境に生まれたとしたら、きっとどこかで「もっと違う環境に生まれたかった」「なんでここなんだ」と思う夜も出てくると思います。
そして(今はグローバル化が進んでいるので以前ほどでは無いにしても)小さな子供にとっては、親やその環境が全てです。その子にとっての世界になってしまいます。
そして小さなころに経験したもの、感じたことがその子の人生の大きな方向性を決めることになる、と僕は考えています。
確かに人生長いですし、今は世界中の人々とコミュニケーションをとれるようになっているので、小さいころに感じていたもの、自分の核を形成するものを全く新しいものに変えたり、アップデートさせることは昔に比べて容易になってきているかもしれません。
しかしながらやはりその人の核、もっとわかりやすく言えば「その人の心」が作りあげられるのは子供のころだと思っています。
ですから恵まれた環境の子を見て「親ガチャ」という表現をする気持ちを理解することもできます。
そしてそんな親ガチャという表現が存在している原因の一つである経済格差、を少なくするための方法が政治家の間でも近年討論になっています。(資産課税やなんやかんや)
ですが子供にとって1番大切なことは「自分は誰かから愛されている」という感情を無意識的に抱くことが出来るかどうか(この問題の根本にも経済格差があるのかもしれませんが)だと僕は思っています。
自分が安心して、ただそこに存在するだけでいいんだ、と実感出来るような環境をその子自身が見つけられるか。
というより親と社会が用意してあげることかできるかどうかが大切だと考えています、それがその子自身が成長していく中で世界や人間関係をより肯定的に感じることが出来るきっかけになると思います。
そして日本は海外に比べて自身が生まれた環境が、今後の人生与える影響が圧倒的に少ない国だと思っています。貧困でなくなる方はごくわずかですし、出身による差別もありません。
大学入試も家柄にとらわれず極めてフラットです。ですからなお「愛されている」「人から必要とされている」という感情を幼い時に感じられるかどうか、が「親ガチャ」という言葉をなくせる一つの方法だと思います。
自分のことを好きになれる人が増えることを、そんな環境を自分の周りに作れるような人になれるように生きていきたいな、と生意気ながら感じています。
今回は以上です。読んでいただきましてありがとうございました。